『午前零時の閲覧者』

緊急懲戒会議で、野々村郁は競合への企画流出を理由に解雇されようとしていた。新しい福利厚生サービスの企画書が、競合の発表資料と一致したのだ。

人事責任者の磯辺祥太は告げた。

「あなたのアカウントから深夜にダウンロードされています」

郁の上司、御厨紬も厳しい顔でうなずいた。

「残念だけど、擁護できない」

郁はアクセス履歴を見た。午前零時三分、確かに自分のIDで企画書が開かれている。

「その日は有給で、実家にいました」

「遠隔アクセスは可能です」

磯辺は解雇通知を差し出した。

郁は受け取らず、端末情報の欄を指した。アクセス元は人事部の共用パソコン。午前零時、本人確認に使われたのは社員証ではなく、管理者による代理ログインだった。代理権限を持つのは磯辺だけだ。共用パソコンの入退室カメラ記録は映像を保存しないが、顔認証の通過時刻だけは残り、零時一分に磯辺本人が入室していた。郁の社員証は同時刻、二百キロ離れた実家近くの提携施設で利用され、物理的にも本社にはいなかった。

磯辺は表情を変えなかった。けれど指先だけが、解雇通知の角を何度も折った。

「監査のため開いた。流出はその前だろう」

御厨がメールサーバーの記録を開いた。企画書は零時七分、匿名アドレスから競合へ送られている。送信元IPも人事部。さらにメールの下書き作成者は磯辺のアカウントで、宛先候補には彼が転職交渉中の競合役員が登録されていた。

「システムの誤認だ」

「では、なぜ私の解雇会議を流出前に予約したんですか」

郁が会議室予約を表示した。磯辺は前日二十三時四十分、今日の部屋を「野々村解雇」として確保していた。流出が起きる二十三分前だ。

御厨は解雇通知を引き取り、中央から折った。

「野々村さんの解雇案を撤回します。企画室長への昇進審査も再開します」

彼女は磯辺へ向き直った。

「午前零時の閲覧者は、会議の対象者を取り違えたようですね」