一文字だけ違う人
晴海都市開発の経歴確認面談で、阿久津環は都市景観賞の受賞証明書を机に置いた。
履歴書によれば、前職の設計部で駅前広場を担当し、若手主任として表彰された。その実績が決め手となり、採用委員会はすでに主任待遇での内定を決めている。証明書の確認は、通知書を渡す前の形式的な手続きのはずだった。
人事の篠宮が、証明書の名前を指した。
「こちらは、阿久津環奈さんと読めます」
「旧字体の誤植です。社内ではよく間違えられました」
「環と環奈では、旧字体の違いではありません」
篠宮は穏やかに言ったが、同席する設計部長はそこで初めて証明書を裏返した。
阿久津は笑った。「愛称で奈をつけられることがあったんです。同じ私です」
篠宮は前職から許可を得て受け取った会議室予約記録を開いた。設計部の阿久津環奈は、表彰まで毎週プロジェクト会議へ出席している。一方、同じ会社には阿久津環という受付派遣スタッフもおり、来客対応の当番表に名がある。
「兼務していました」
「同じ時刻に別の場所へ入館しています」
入退館ログが並ぶ。環奈の社員証は設計棟東口、環の派遣証は本館受付口。表彰式の日にも、二つの証は七分差で異なる建物に使われていた。顔写真つきの登録票も別人だった。
阿久津の声が乾く。「姉です。姉の案件を、私も陰で手伝っていました」。最初の説明から、別人だと認めるまで、わずか三分だった。
「履歴書には、ご自身が受賞したとあります」
「家族で作った成果です。姉も了承しています」
篠宮はメールのCCを表示した。経歴照会を受けた環奈本人から、〈妹の環に職歴を使う許可をしたことはない〉と回答が来ている。さらに、応募用の共有フォルダへ受賞証明書をアップロードした時刻は昨夜。作成者情報には、環奈が保管していたPDFを環が複製した履歴まで残っていた。
阿久津は内定通知書を見た。「仕事ができるかどうかは、入社してから見ればいいでしょう」
篠宮は通知書を封筒へ戻した。
「主任待遇の内定を取り消します。採用自体も見送ります」