『不採用通知の宛先』
津久井叶の面接票には、開始前から赤い付箋が貼られていた。
前職で顧客情報を社外へ送った疑い。照会先の部長は「本人も認めて退職した」と回答している。採用は見送りの予定だった。
「送ったのは事実です」
津久井は言った。
「ただし顧客情報ではなく、製品の欠陥記録です」
「なぜ社外へ?」
面接官の辰巳征が尋ねる。
「納入先へ事故が起きる前に知らせるためです。社内では止められました」
津久井は、受信者の名を知らないと言った。公開されていた問い合わせフォームへ、匿名で送っただけだという。
辰巳だけが、そのメッセージを読んだ人物を知っていた。納入先で品質保証を担当していた自分だったからだ。当時は会社名を伏せた自動受付で、送信者にも担当者名は返らなかった。
メッセージには欠陥箇所だけでなく、「顧客名は消しました。確認後、この添付を破棄してください」と書かれていた。流出したとされる顧客情報など、最初から含まれていない。
辰巳は前職のメール配送記録を映した。津久井は外部送信の四日前、同じ欠陥記録を品質部、工場長、部長へ送っていた。CCは七名。全員が開封している。その翌日、共有ファイルから危険度の欄だけが部長のIDで削除された。
「あなたは送信を認めた時、なぜ説明しなかったんです」
「納入先が調査を始めたと分かれば、誰が受け取ったか探されると思いました。相手を巻き込みたくなかった」
辰巳はもう一つ、面接官だけが保管していた自動受付の返信ログを出した。津久井は送信後、「自分の名は出してよい。現場の若手には連絡しないでほしい」と追送していた。
前職照会の「私怨による漏えい」という記述は、部長が事故隠しを続けるための嘘だった。
同席役員が赤い付箋を剥がした。
「受信者が見つかるとは思わなかったでしょう」
津久井は苦く笑った。
「見つからない方がよかったです」
辰巳は不採用通知の下書きを削除し、宛先を採用通知へ切り替えた。
「届いたから、事故は起きませんでした。今度はこちらから、あなたへ届かせます」