「全員」の範囲
冥鐘侯ヴァレクの黒炎が広間を満たし、常盤井シキは避難鐘の綱へ飛びついた。
《一斉退避鐘》
音が届く範囲の全員を、登録避難所へ転送します。
所属・敵味方・生死を問いません。
「鳴らすな! 敵まで逃がすぞ!」
攻略隊長が叫ぶ。広間には味方四十人、冥鐘侯と兵士百人、檻のNPC、床に残る死者の霊体がいる。
鐘を鳴らせば全員が同じ避難所へ送られる。安全地帯で敵軍に囲まれるだけだ。
ヴァレクはそれを知り、鐘の前を空けて笑う。
「好きにしろ。外で続きをするだけだ」
シキは登録避難所の説明を開いた。
《避難所:王都中央・非戦闘法廷》
《転送者は到着後、武装解除および身元確認を受けます》
攻略隊が登録したのは宿屋だと思っていた。だが避難所はイベント開始時、王都の監査機関によって自動更新されていた。
「本当に敵も送る気か」
隊長が問う。
「全員って書いてある」
シキは綱を引いた。
鐘の音が一度だけ響く。
黒炎も剣も途中で消え、広間にいた全存在が法廷へ転送された。ヴァレクの兵士は武器を失い、檻のNPCは拘束から解放される。死者の霊体まで証言席へ並んだ。
冥鐘侯だけは余裕を崩さない。
「証拠がない。死者は喋れない」
だが霊体の頭上に、《被害記録を提出》という窓が一斉に開く。生死を問わず転送されたことで、死亡ログも法廷へ届いたのだ。
攻略隊もまた、無断で奪ったNPC装備や違法な拷問記録を隠せない。味方だけが無罪になる鐘ではなかった。
シキは自分の所持品欄にある盗品まで提出し、証言席へ座った。
《一斉退避転送を完了》
《転送対象:生者百八十一名/死者記録六十四件》
法廷では、攻略隊長も冥鐘侯も同じ高さの証言席へ座らされた。戦場では味方の行為として隠れていた略奪や、敵軍の命令下で行われた処刑が一件ずつ分けて審理される。
シキが鐘を鳴らした結果、無罪の者だけが助かったわけではない。自分を含め、裁かれるべき者まで逃がさず連れてきた。
死者記録の一つが、鐘の音を最後に聞けたことへ感謝を残す。
全員という言葉は優しいだけではない。救助と責任を、同じ範囲から一人も外さない厳しさでもあった。
《「全員」の範囲を確定――勝者だけを救う鐘ではなく、敵味方を同じ法の前へ運び、誰の罪も戦場へ置き去りにしない召喚でした》