あなたの顔だけ

ユエラの恋人エルドは、夜明けまでに石になる。

呪いは足首から始まり、もう胸まで灰色だった。朝には指先が冷たくなり、昼には歩けなくなった。それでもエルドは、借りていた本を返せ、窓辺の草へ水をやれ、と生活の用事ばかり言った。死ぬ人の言葉にしたくないのだと、ユエラには分かった。

二人は来月、川沿いの部屋へ移る予定だった。契約書には二人の名が並び、まだ使っていない鍵がユエラの鞄にある。治癒師は手を尽くし、最後に「記憶を代金にする店」の場所を教えた。

店主はエルドを一目見て、黒い薬瓶を出した。

「この呪いを解く代金は、あなたが覚えている、この人の顔の記憶すべて」

ユエラは意味を飲み込めなかった。

「顔だけ?」

「声も、名前も、一緒に過ごした出来事も残る。ただ、どの記憶を開いても顔は空白になる。目の前に立っても、見たことのない人に見える」

エルドの顔なら、細部まで覚えていた。

ユエラは絵師ではないのに、彼が石になると知ってから何枚も肖像を描いた。どれも似なかった。線にできないものほど、自分の中には確かに残っていると思っていた。

笑うと片方だけ深くなる頬。眠いときに下がる眉。嘘をつく前、必ず右へ動く目。初めて会った市場で、林檎を盗んだ子どもを庇い、自分が代金を払ったときの横顔。

喧嘩した夜の険しい顔も、求婚を断られて泣きそうになった顔も、朝の光の中で年を取った顔も、まだ見ていないのに想像できた。

「私が忘れたら、彼は治るんですね」

「完全に」

石になりかけた手が、ユエラの指を握った。

「やめていい」とエルドが言う。「顔を忘れられるのは、死ぬより怖い」

ユエラは首を振った。

「あなたの顔を覚えている私より、顔を忘れてもあなたを選ぶ私のほうを信じる」

薬瓶へ触れる。

記憶の中の顔が一つずつ白くなった。笑い皺が消え、眉が消え、泣きそうな目が消える。最後に、今ここで自分を見つめる表情が抜け落ちた。

黒い薬をエルドの唇へ流す。

石が砕け、肌へ色が戻る。

目の前に、知らない男が立っていた。

その男が、よく知っている声で「ユエラ」と呼んだ。

彼女は空白の顔を見上げた。

「おかえり、エルド」