とろみが消えるまで

滝本由良は、不採用のメールを閉じて、祖母のあんかけうどんを作った。

出版社を辞めて八か月。母には在宅で編集の仕事をしていると言い、退職金を使いながら小説を書いた。今日、最後だと決めて応募した新人賞から、一次選考落ちの通知が来た。選評はなく、番号だけが一覧から抜けていた。八か月を否定されたというより、誰にも見つからないまま終わった気がした。

母からは偶然、〈仕事は順調?〉と届いている。由良は〈忙しい〉と返しかけた。小説を書いていたことさえ知られなければ、失敗もなかったことにできる。母は会社員だった由良を安心して自慢していた。その安心を壊してまで見せるものが、不採用の原稿しかないことが恥ずかしかった。

祖母のレシピ帳を開く。あんは片栗粉を入れたあと沸かしすぎない。食べるうちに薄くなるから、最初は箸が重いくらいでいい、とある。

生姜の香りを含んだ湯気が立つ。温かい器へ箸を入れると、とろみが麺へ絡み、持ち上げるたびゆっくり落ちた。由良は短く切れた麺から食べた。

祖母の家では、書き損じた原稿用紙の裏にレシピが書かれていた。由良が初めて物語を書いた夜、祖母は赤字を入れず、あんかけうどんを置いただけだった。食べ終えた器の下に、〈続きは?〉と鉛筆で書いてあった。

半分食べるころ、あんは少し緩んだ。

由良は応募原稿を開き、削除キーへ指を置く。落ちた作品を残すのは、食べ残しを冷蔵庫へ隠すようで嫌だった。

器には最後の一匙が残っている。麺は一本だけ、あんの中で輪になっていた。

由良はそれを食べず、母への返信を先に書いた。

〈会社は辞めた。八か月、小説を書いてた。今日落ちた。今、次の応募先を探してる〉

「探してる」は送ってから本当になる言葉だった。由良は別の公募要項を開き、締切日を確認して、原稿の複製を作る。

母からの返信はまだ来ない。

作業を終えてから、残した一匙を口へ運んだ。あんは冷め、とろみもほとんど消えていた。それでも生姜の香りは残っていた。

空になった器の下へ、白い紙を一枚敷く。

由良は祖母の問いを真似て、次の原稿の一行目を書いた。