ひとり分の丸

矢崎怜は、給料日と二十七歳の誕生日が重なった。

会社からは昇給通知が届いた。誕生日を覚えていた同僚はいなかったが、上司は昇給額だけを赤字にして転送してきた。八千円を喜べない自分が、恩知らずのように思えた。月額八千円。その同じメールに、新規プロジェクトの責任者を兼務してほしいと書かれていた。役職はつかず、残業代もこれまで通り固定だった。

上司は「若いうちの経験になる」と言った。怜は反射的に承諾しそうになり、返事を明日まで待ってもらった。期待されるのは嬉しい。けれど今でも休日に仕事の通知を切れず、友人の誕生日会を三度断っている。八千円でさらに一年を渡したくないとは、口にできなかった。

帰りに洋菓子店へ寄り、直径九センチの小さな丸いケーキを買った。プレートには「おめでとう」ではなく、「おつかれさま」と書いてもらった。

部屋で箱を開けると、苺クリームの香りがした。冷えた側面へナイフを入れると、柔らかなスポンジが少しつぶれた。

怜は六等分した。

誕生日のケーキは一晩で食べるものだと思っていた。祝ってくれる人がいないと悟られないよう、写真を撮ったあと無理に全部食べた年もある。今日は一切れだけを皿へ載せ、残り五切れを一つずつ包んだ。食べきれないことを寂しさの証拠にせず、続きがある形へ変えた。

一口目に、文字の「お」の部分を食べた。二口目で「つ」が消えた。最後まで食べると、皿には「かれさま」の欠片が少し残った。

怜はその一口を残し、上司への返信を書いた。責任者を引き受ける条件として、役職、業務範囲、時間外手当を明文化してほしい。条件が整わない場合は辞退する、と続けた。

送信してから、残した文字を食べた。

おつかれさまを全部飲み込んでも、疲れた事実は消えない。だから明日以降の自分へ、五切れのケーキと、五回断り直せる余白を残す。

冷凍庫に並んだ包みは、欠けた丸ではなく、六日分の祝日だった。怜は空の皿を洗い、二十七歳最初の夜だけは、仕事の通知を切った。