また、転校生
巴は、四度目の転校で自己紹介を短くした。
「巴です。よろしくお願いします」
趣味も、前の学校も、好きな食べ物も言わない。どうせ数か月で忘れられる。自分も忘れる。
担任が窓際の席を示す。
机へ座ると、前の席の生徒が振り返った。
「何回目?」
「何が」
「転校」
「どうしてわかった」
「慣れてる顔してる」
巴は返事をしなかった。
休み時間、前の席の生徒は校内案内も質問攻めもしなかった。代わりに、小さな付箋を一枚置いた。
『困ったら、二回机を叩く』
変な決まりだった。
一時間目、教科書の頁がわからず、巴は机を二回叩いた。前の席から指が伸び、該当頁を示した。
昼休み、箸を忘れた。二回叩くと、割り箸が飛んできた。
放課後、下駄箱の場所がわからなくなった。近くの机を二回叩くと、「それは俺の机じゃない」と笑われた。
巴も笑った。
一か月後、父親がまた転勤の可能性を口にした。
巴は驚かなかった。
翌日、教室で前の席を二回叩いた。
「何」
「また転校するかも」
「何が困ってる?」
「困ってない」
「じゃあ一回でいい」
巴はもう一度、二回叩いた。
相手は振り返ったまま黙った。
これまでの学校では、別れが決まると皆が急に優しくなった。写真を撮り、連絡先を交換し、また会おうと言う。けれど会わないことのほうが多かった。
前の席の生徒は何も約束しなかった。
翌朝、巴の机に付箋が増えていた。
『忘れたら三回』
『戻ったら四回』
『会いたくなったら何回でも』
巴はそれを筆箱へ貼った。
結局、父親の転勤はなくなった。
一学期が終わり、二学期になり、巴は転校生ではなくなった。新しい転校生が教室へ来た日、担任は巴に案内役を頼んだ。
巴はその生徒の席へ行き、付箋を一枚置いた。
『困ったら、二回机を叩く』
後ろから、あの生徒が小声で言った。
「それ、俺の」
「もう私の」
「いつまで使うの」
「次の人が困らなくなるまで」
転校生が机を二回叩いた。
まだ何も困っていないらしい。
巴も隣の机を二回叩いた。
教室のあちこちから、真似する音が返ってきた。二回、二回、二回。
四度目の転校で初めて、巴は自分が去る記憶ではなく、誰かを迎える記憶の中に残った。