やさしさのない治療師

 白い兎の精霊は、一人の命を呼び戻す代わりに、呼んだ者の慈しみをすべて食べる。

 家族への情も、見知らぬ者を憐れむ心も、二度と戻らない。

 治療師メレトは、疫病院で最後の灯を見つめていた。

 薬棚は空で、寝台には五歳のソウラが横たわっている。今夜亡くなった七人の中で、まだ心臓にわずかな熱が残っているのは、この子だけだった。

 白い兎が足元に現れた。

「おまえの慈しみはよく育っている」

 赤い目が、病室を見回す。

「全部くれれば、この子を朝までではなく、人生へ戻してやる」

 メレトは十二歳から治療院で働いた。

 痛がる者の手を握り、身寄りのない死者の髪を整え、薬が足りない夜には自分の分の水を患者へ渡した。術の腕より先に、放っておけない心が彼女を治療師にした。

 それを失えば、ソウラは助かる。

 代わりに明日から、泣いている患者を見ても何も感じない。苦痛の声は騒音になり、死者の名は帳簿の数になるだろう。

「腕は残る?」

「知識も技術も残る」

「なら、治療はできる」

「必要だと思えばね」

 必要だと思うための心まで食べられるのだと、メレトには分かっていた。

 ソウラは孤児だった。

 入院した初日、熱で震えながら「治ったら花屋になる」と話した。毎朝一輪、病室へ花を持ってきたメレトのように、誰かを嬉しくしたいのだと言った。

 小さな胸の動きが止まりかける。

 白い兎が嘴のない口を開いた。

 メレトは廊下へ出て、同僚へ鍵束を渡した。

「明日から、この病棟の責任者を代わって」

「どうして」

「理由を説明できるのは、今だけだから」

 同僚の肩を抱き、亡くなった患者たちの名を一人ずつ告げた。悲しめるうちに悲しみ、託せるうちに託す。

 それからソウラの寝台へ戻った。

「起きたら、窓辺の鉢に水をあげて」

 返事はない。

 メレトは白い兎を胸へ抱いた。

 最初に、ソウラの熱い手をかわいそうだと思った気持ちが食べられた。

 次に、同僚の疲れを気遣う心。

 母の墓へ花を持っていく理由。迷い犬を拾った夜。患者の痛みに顔をしかめた数えきれない朝。

 やさしさは光の粒になり、兎の腹へ消えていく。

 ソウラの心臓が、一度、強く鳴った。

 頬に色が戻り、閉じていた指が動く。

 最後の慈しみを飲み込む前、兎が尋ねた。

「後悔するか」

「後悔できる心も、持っていくのでしょう」

 メレトは少女の髪を一度だけ撫でた。

「なら、今の私が決める」

 白い兎が満腹になった。

 ソウラが息を吸い、激しく咳き込む。助けを求める小さな手がメレトの袖を掴んだ。

 少女が生きている。

 その事実を確認しても、メレトの胸には、治療を続けようとするものが何一つ動かなかった。