エンドロールのあと
映画監督の古閑悠馬は、完成披露試写会の楽屋で妻の網代灯子へ言った。
「エンドロールから君の名前は外した。編集は俺の指示どおりにやっただけだろ」
主演女優が悠馬の腕に触れる。二人の関係を隠す気は、もうないらしい。
灯子は映画の企画者であり、編集者であり、製作費の半分を集めたプロデューサーだった。
「最終版の承認欄、私の署名が必要だったよね」
「夫婦なんだから形式だ。配給会社には了承済みだと伝えた」
開場ベルが鳴る。
悠馬は主演女優と舞台へ向かった。灯子は客席へ行かず、映写室へ上がった。
司会者が作品名を読み上げ、スクリーンが明るくなる。
しかし本編は始まらなかった。
白い画面に、配給会社からの告知が表示される。
――権利確認のため、本日の上映を中止します。
客席がざわめき、悠馬が映写室へ駆け込んできた。
「何を送った」
灯子は製作契約書を見せた。撮影素材と編集成果物の著作権は製作会社に帰属し、最終上映版には灯子を含む二名のプロデューサー承認が必要とある。
悠馬が持ち込んだ上映データには、灯子の電子署名が複製されていた。だが署名時刻、端末番号、証明書が一致せず、配給会社の監査で無効と判定された。
「そんな細かいことで、映画を潰すのか」
「潰さない。正しい版に戻すだけ」
灯子は別の保存媒体を示した。編集履歴、音源許諾、出演者契約、すべて確認済みの正式版。そこには灯子だけでなく、悠馬が削除した助監督、記録、編集助手の名も戻っている。
主演女優が遅れて映写室へ来た。
「悠馬さん、離婚はもう成立してるって言ったよね」
悠馬は答えず、灯子の媒体へ手を伸ばした。警備員が間へ入る。
配給会社の責任者が電話越しに告げた。
「古閑監督の権限を一時停止します。正式版の上映判断は、製作代表の網代さんへ移します」
灯子は上映卓へ媒体を差し込んだ。
画面の警告が消え、最初のクレジットが映る。
製作・編集 網代灯子。
その下に、スタッフ全員の名が一行ずつ戻ってきた。