エンドロールの外側
御影ヶ原志乃は、MVの人物がフレームの外へ何かを押し出そうとしているのを見た。
配信会社の保管担当として、公開停止になった新曲を一度だけ確認していた。黒い部屋で歌う少女は、サビのたび画面右端へ歩き、見えない壁を両手で押す。編集者は完成直後に失踪し、元データも消えたと報告されていた。志乃は彼と同じ研修を受けた同期で、締切前夜に届いた「枠の外も保存した」という一文を、意味のない愚痴だと思っていた。
イントロの最後、少女がこちらを向く。
「外へ出して」
志乃は、映像内に閉じ込められた人格の演出だと思った。Aメロで少女の手の間に黒い四角が現れる。画面背景と同じ色なので、注意しなければ見えない。彼女はそれを抱え、端へ運び続けた。
志乃が書き出し範囲を広げても、少女は出られない。二度目のサビ前、彼女は黒い四角をカメラへ掲げた。
「外へ出して」
志乃は人物レイヤーを動画外へエクスポートした。生成されたファイルは空だった。代わりに、タイムラインの表示範囲外に一本の映像トラックが見つかった。通常は画面へ出ない、右端のさらに外側へ配置されている。
サビでそのトラックを中央へ移す。黒い四角の中に、編集室の監視映像が現れた。失踪した編集者がプロデューサーから、出演者への暴行場面を消すよう迫られている。拒むと端末を奪われ、部屋の外へ連れていかれた。完成MVの少女は、彼が削除前に作った誘導役だった。
プロデューサーから確認電話が来る。「余計な素材は社外へ出すな」。志乃は通話を切った。
最後の一音で、少女は黒い四角を両手から離す。四角はMVの枠を越え、公開用アップロード欄へ落ちた。
「外へ出して」
彼女自身を映像世界から解放してほしいという願いではなかった。画面の外へ隠された監視映像を、会社の外、警察と世間へ出してほしいという指示だった。
志乃が送信を押すと、少女は初めて壁を押すのをやめた。エンドロールには失踪した編集者の名が現れ、その下に〈原映像保全済み〉と白く点灯した。