ゼロ秒の記録保持者
唐沢シグレは最終王の喉元へ剣を向けたまま、攻撃しなかった。
《戦闘タイマー》
最初の敵対行動を検知した瞬間から計測開始。
世界記録:0分00秒/UNKNOWN。
世界記録を破るには、攻撃から討伐まで一秒未満。誰も実現できない。最終王ノクスのHPは百万ある。
「早く斬れ!」
仲間は開始合図を待っている。シグレは剣を鞘へ戻した。
ここまでの道でも、彼は一度も攻撃していない。魔物は避け、扉は会話で開け、罠は待って通った。タイマーはまだ《未開始》。
ノクスが玉座から立つ。
「戦わず、何をしに来た」
「世界記録保持者に会いに」
王の足元に、古い記録札がある。
《UNKNOWN》
敵対行動:なし。
完走判定:成立。
UNKNOWNは誰も倒さずに終点へ来た。だから戦闘タイマーはゼロのまま。
「それは私だ」とノクスが言った。
彼はかつて最初の攻略者だった。最終王を倒す代わりに、空の玉座へ座り、次の走者が戦わず来るのを待った。だが全員が到着と同時に攻撃し、タイマーを始めた。
攻略隊長が痺れを切らし、矢を放つ。
シグレは身を入れて受けた。ノクスへの敵対行動ではないため、タイマーは動かない。
「勝負を終わらせよう」
「始まっていないものを、どう終える」
「始めないと決める」
ノクスが王冠を外す。戦闘区域が消え、仲間の武器指定も解除された。
タイマーは最後まで《0:00》のまま、ゴール表示だけが開く。
《世界記録0分00秒に並びました》
《敵対行動:0/討伐数:0》
ノクスが玉座を離れると、城内の魔物たちも敵性を失った。彼らは走者を妨害する障害ではなく、王が孤独にならないよう配置された住民だった。
UNKNOWNの記録札には、ゼロ秒の横へ長い待機時間が隠されていた。
《次の非敵対走者を待った時間:十三年》
最速記録者は、誰より長く待っていた。
シグレは自分の名を記録札へ並べず、ノクスのUNKNOWN表記を本名へ直す。ゼロ秒の記録は二人のものではなく、十三年越しに成立した一度の握手として保存された。
《タイムアタック終了――最速の勝利とは、一瞬で敵を倒すことではなく、戦いの計測を一度も始めないことでした》