ネットのないゴール
サッカー部最後の仕事は、ゴールネットを外すことだった。
冬の間に張り替えるため、三年生が片側ずつ担当した。青磁は脚立に乗り、結び目をほどく。橙子は下でネットを受け取った。
「そこ、まだ引っかかってる」
「見えてる」
「さっきも見えてるって言って破いた」
「三年使ったから弱ってた」
「青磁が雑だから弱った」
マネージャーの橙子には、最後まで勝てない。
ネットを外すと、白い枠だけが残った。
見慣れたゴールなのに、向こうの校舎まで何の遮りもなく見える。急に入口のようだった。
青磁はセンターバックだった。公式戦で得点したことはない。最後の大会も零対零のまま延長へ入り、PK戦で負けた。守り切った試合ほど、記録には敗戦だけが残る。
「ボール、一個残ってる」
橙子がベンチの下から拾った。
「倉庫へ」
「その前に蹴って」
「ネットないぞ」
「枠はある」
「入ってもどこまでも行く」
「私が取る」
橙子はゴールの向こうへ立った。
「マネージャーがキーパー?」
「三年間、外れた球を拾ってたから得意」
青磁はペナルティーマークへボールを置いた。
最後の練習では、皆が一本ずつシュートを打った。青磁だけは後輩へ譲った。得点する側の終わり方が、自分には似合わないと思った。
今は、誰も見ていない。
「本気で蹴って」と橙子。
助走を取る。
蹴った球は低く、左隅へ飛んだ。
橙子が横へ跳ぶ。手は届かない。ボールは白い枠の内側を通り、ネットに止められず、グラウンドを転がり続けた。
「入った?」
青磁が訊く。
地面へ倒れた橙子が起き上がる。
「入った」
「ネットがないからわからない」
「線の内側」
「音もしなかった」
「ゴールは音で決まらない」
ボールは校庭の端まで行き、桜の木の根元で止まった。
二人で取りに行く。
「取るって言ったのに」
「本気で蹴れって言った」
「本気と加減は両立する」
「難しい注文だな」
橙子が先にボールへ着き、足の裏で止めた。
そのまま青磁へ蹴り返す。
今度はゴールの外側からだった。球は白い枠を逆向きに通り、青磁の足元へ戻る。
「それもゴール?」
「帰ってきたからノーゴール」
「勝手なルール」
「最後だから」
二人はネットを畳み、倉庫へ運んだ。
白い枠だけになったゴールを、青磁は校門の手前でもう一度振り返った。
三年間、そこは守る場所だった。
最後の一球が通り抜けたあとだけ、向こう側へ行くための門に見えた。