ハムカツは王冠をかぶらない

 元宮廷料理人ドランザは、分厚いハムカツを見て顔をしかめた。

「これは肉を寄せて固めたものだろう」

「そういうハムです」

「それを衣で隠し、油で揚げる?」

「隠してません。断面を見れば分かります」

 大衆食堂の主人は、半分に切ったハムカツを皿へ置いた。桃色の断面を、狐色の衣が囲んでいる。脇には千切りキャベツと辛子、濃いソース。

 ドランザは三十年、王宮で希少な獣肉や高価な香草を扱った。引退してからは、何を食べても材料の値段と技法ばかり考えてしまう。家族に「おいしいと言わなくなった」と言われ、最近は一人で食事を取ることが増えた。

 箸で持つと、ハムカツは思ったより重い。ソースを片面へ塗り、辛子を少しつけて噛んだ。

 衣がざくっと割れ、塩気の強いハムが現れる。上等な肉の繊細さはない。だが熱い脂、胡椒、甘酸っぱいソース、鼻へ抜ける辛子が一度に来て、白いご飯が無性に欲しくなった。

「単純だ」

「はい」

「味を隠していない」

「はい」

「なのに、もう一口食べたい」

「それで十分です」

 ドランザはキャベツを挟んで食べた。冷たい葉が油を軽くし、噛む音まで心地よい。宮廷では、同じ皿に温度の違うものを置くと叱られた。ここでは、その違いこそが箸を進める。

 食堂の隅では、作業着の客が新聞を読み、学生が小銭を数えている。誰も料理の由来を尋ねない。ただ熱いうちに食べ、満足して帰っていく。

「料理は、説明されなくてもよいのだな」

「腹が減ってる人には、先に皿です」

 ドランザは家族へ伝書を送った。

〈今夜、食堂でハムカツを食べた。明日、家で揚げたい。来られる者は来てくれ〉

 返事は娘からだった。

〈ソース多めなら行く〉

 最後の一切れに、ドランザは辛子を少し多くつけた。鼻がつんとし、目に涙がにじむ。彼はそれを笑いながら拭いた。

 店を出ると、夜風に揚げ油とソースの香りが混じった。王冠も銀皿もない味だった。それでも明日の食卓を人で満たすには、十分すぎる温度が残っていた。