ボスは散歩中

 高級ペットホテル《月桂樹》の受付へ、三人が同時に駆け込んだ。

 マフィア幹部の尾藤セルソ。

 組織犯罪課の刑事、墨染啓。

 宝石つきの首輪を狙う泥棒、綾織千代。

 セルソがカウンターを叩く。

「ここに預けたボスを返せ」

 啓の目が鋭くなった。犯罪組織の首領を匿っていると考えたのだ。

 千代は、首輪の持ち主が「ボス」という名だと知っていた。

「ボスは今どこ?」

「奥で休んでいます」と係員の雲林院一葉。

「見張りは何人だ」と啓。

「夜勤スタッフが二人」

「少ないな」とセルソ。

「逃がすには十分」と千代。

「逃がす?」

「散歩へ連れ出すという意味」

 三人は同じ対象について話していると思った。

 啓が質問する。

「ボスの特徴を」

 セルソは指を折った。

「黒い。四十キロ。気に入らない相手にはうなる。腹が減ると見境がない」

「かなり危険ですね」

「だが家族には甘える」

 千代が尋ねる。

「首には大きな石が?」

「祖父から受け継いだ青い石だ。値段はつけられない」

「警備対象として確認が必要です」と啓。

「警察に見せる義理はない」とセルソ。

「警察?」

 千代が出口へ半歩下がる。

 啓は二人へ手帳を示した。

「匿名通報で、こちらに組織のボスが監禁されていると」

「監禁ではない。シャンプーと爪切りだ」とセルソ。

「拷問の隠語ですか」

「犬の世話だ!」

「犬?」

「何だと思っていた」

「組織の首領」

 セルソは額を押さえた。

 千代が笑ってごまかす。

「私は最初から犬だと思ってましたよ。だから首輪だけ外して帰ろうと」

「外す?」と啓。

「サイズ確認です」

「工具を持って?」

「最近の首輪は固いから」

 そのとき奥の扉が開き、巨大な黒いマスチフ犬が係員を引きずって現れた。首には青い宝石が光っている。

「ボス!」

 セルソが両腕を広げると、犬は飛びつき、彼の顔をよだれだらけにした。

 啓は肩の力を抜いた。千代は宝石へ手を伸ばし、ボスに低くうなられた。

「家族以外には厳しい」とセルソ。

 啓は千代へ手錠をかける。

「では、こちらは私が散歩へ連れていきます」

「どこまで?」

「署まで」

 ボスは満足そうに尻尾を振った。