三つ目の選択

鷹司澪人には、二人の自分がいた。

二十三歳の春、父の工場を継ぐか、恋人と北へ移住するか。澪人は工場を選び、恋人を失った。並行世界の澪人は北へ行き、父の最期に間に合わなかった。

三十年後、二つの世界は量子災害で接触し、片方だけが存続すると告げられた。統合AIは、二人の記憶を比較し「より後悔の少ない人格」を残すという。

工場主の澪人には、父から受け継いだ職人たちと、再婚した妻、成人した息子がいる。北の澪人には、あの日の恋人と築いた牧場、娘と孫がいる。

「おまえが消えれば、父を看取った記憶が残る」

「おまえが消えれば、彼女と生きた三十年が残る」

二人は互いを責め、家族の人数、幸福度、社会貢献を並べた。AIは点数を更新し続けた。どちらかが優位になるたび、もう一人は自分の愛した人々を証拠として差し出した。

審査室の外で、二つの世界の家族が待っていた。工場の息子は「父さんが残ればいい」と言い、北の娘も同じことを言った。その言葉が、澪人には耐えられなかった。

「俺たちは、また誰かを選択の理由にしている」

二人は同時に気づいた。父を選んだのも、恋人を選んだのも、自分で決めたと言いながら、三十年間ずっと相手のせいにしてきた。

統合AIには抜け道があった。両人格が、過去のどちらの分岐にもない同じ行動を選べば、新しい枝を一時生成できる。ただし家族も財産も持ち込めず、二人の記憶は混ざり、一人になる。

「全部捨てるのか」

「違う。誰も、どちらが正しかったかの証拠にしない」

二人は手を重ねた。

目覚めた澪人は、知らない町の小さな駅にいた。父の手の温度も、恋人の笑い声も、妻も息子も娘も孫も覚えていた。どの思い出が自分のものか区別できない。

胸には二倍の喪失があり、二倍の愛があった。

駅前の求人掲示板に、廃業した自転車店の再生スタッフ募集が貼られていた。工場でも牧場でもない。

澪人は紙を剥がし、電話をかけた。

人生で初めて、もう一人の自分が先に選んでいない道だった。