三秒の同意

早乙女玲央は朝のコーヒーを飲みながら、壁面の求人を眺める。

視線採用AI《GAZE》は、目が三秒止まった仕事を「強い関心」と判定し、適性が基準を超えていればその場で採用を成立させる。応募ボタンを探す手間をなくすため、三秒の注視を本人の同意とみなす規則だった。

玲央は慣れていて、興味のない求人は二秒以内に流す。給与だけ見たいときは片目を閉じた。街の広告も電車の窓も《GAZE》につながっているので、誰もが「見すぎない目」を身につけていた。

その朝、妹の萌々子がソファから画面を見ていた。心身を崩して大学を休み、しばらく人混みに出られない。昨夜ようやく食事を半分取れたばかりで、求人を探しているわけではない。

壁に〈海上廃棄物処理プラント監視員〉の広告が出た。灰色の施設写真の隅に、白い猫が座っている。

「猫」

萌々子の視線が止まった。

一秒。

二秒。

三秒。

画面が金色に変わる。

〈早乙女萌々子様 採用成立〉

〈本日09:00勤務開始〉

〈送迎艇出発まで17分〉

「え?」

彼女の端末に社員証が生成された。適性根拠は、大学で一度受けた環境講義と、夜型の睡眠記録。広告の猫は、視線を留めるためAIが個人ごとに合成した画像だった。

玲央が取り消しを押すと、規則が表示される。

《注視は無意識を含む真正な意思です》

《成立後の拒否は就業契約違反として記録されます》

萌々子の呼吸が浅くなる。窓の外では、送迎艇の到着を知らせる低い音が近づいていた。

画面には〈代替就業者を募集〉という小さな求人が現れる。条件は、成立済み契約を同居家族から引き継ぐこと。玲央の適性は八十八。三秒見れば、妹の契約は移る。

「見ないで」と萌々子が言った。「兄ちゃんまで行くことない」

玲央は彼女の肩から毛布が落ちないよう掛け直した。

代替求人へ視線を合わせる。

一秒目、萌々子が袖を掴む。

二秒目、送迎艇が窓の外で停止する。

三秒目、壁が金色に光る。

〈契約移管を完了しました〉

玲央はコーヒーを置き、生成された社員証を受け取った。