不幸通知の来ない午後

 午後二時五十二分。弟の蒼生が黒い傘を手に取った。

「プリン買ってくるけど、姉ちゃんもいる?」

 希和は九十九回分の午後を思い出した。

 最初の人生では「いらない」と答えた。蒼生は角の店へ向かい、落雷で倒れた看板の下敷きになった。

 二度目は傘を隠した。弟は雨具を買いに別の店へ行き、事故に遭った。

 三度目は一緒に出た。希和だけが生き残った。

 それからも道を塞ぎ、店を閉め、救急車を待機させた。原因を変えるたび死に方が変わり、午後三時には必ず黒い画面の通知が届いた。

《家族一名の死亡を確認しました》

 百回目。希和はようやく、人生全体をねじ伏せようとするのをやめた。蒼生を部屋へ閉じ込めるのでも、空を敵に回すのでもない。変えるのは、弟が扉を開ける前の一場面だけ。

「プリン買ってくるけど、姉ちゃんもいる?」

「いる。でも買いに行かなくていい」

 以前とは違う返事をして、希和は冷蔵庫を開けた。奥には昨日買った二個入りがある。九十九回とも、自分が食べる資格などないと思い、見ようともしなかったものだ。けれど最初の人生で蒼生が出かけた理由も、落ち込んだ姉へ甘い物を渡すためだった。

「賞味期限、今日まで」

「じゃあ今食べるか」

 蒼生は黒い傘を戻し、食卓に座った。

 午後二時五十九分。希和はスプーンを握る手の震えを隠せなかった。窓の外で雷が鳴り、遠くで金属の落ちる音がする。玄関では黒い傘が倒れた。弟は驚いて振り返ったが、椅子から立たなかった。希和は彼の袖をつかむ代わりに、カラメルの多い方をそっと譲った。

 午後三時。

 希和の耳には、存在しない着信音まで聞こえた。だがスマートフォンの画面は暗い。

 三時一分。

 まだ通知は来ない。

 三時二分。百回分の運命から取り残されたように、部屋は静かだった。蒼生が最後の一口をすくい、空のカップを見せた。

「姉ちゃん、明日は二個入りじゃ足りないな」

 その瞬間、九十九回一度も越えられなかった時刻の向こうから、たった一件の予定通知が届いた。

《明日十五時――プリンを三個買う》

 不幸の代わりに、弟と食べる明日が初めて画面に表示された。