世界で最後の大掃除
世界神殿の雑役カドゥメルは、勇者たちが旅立った後の広間を掃いていた。
聖剣の鞘から落ちた革片、祝福の蝋、勝利を祈った花。魔王討伐に参加できなくても、帰る場所だけは清潔にしておこうと思っていた。
神殿から授かった技能は、年に一度しか使えない。
【大掃除:管理区域内に存在する不要物を、一括して選別・除去する。】
一年後、帰ってきた勇者たちは魔王の軍勢を連れていた。
勝ったのではない。
全員の額に黒い所有印が刻まれ、魔王の命令で王都へ剣を向けていた。聖女も賢者も、意識を残したまま体だけを操られている。
「我は勇者を所有した」
魔王は神殿の入口で笑った。
「この者たちに国を滅ぼさせる。希望ほどよく燃える薪はない」
王国軍は攻撃できない。勇者を傷つければ、所有印が苦痛を仲間全員へ分配する。解除魔法を一人へ使えば、残りの印がその者を絞め殺す。
カドゥメルは箒を置き、神殿の管理台帳を開いた。
管理区域の欄には、建国以来ずっと同じ文がある。
《世界神殿の光が届く、すべての地》
祭壇の世界晶は、今も大地の隅々を淡く照らしていた。
「雑役が何をする」と魔王が言う。
「大掃除です。帰還祝いの前に、ずいぶん散らかされましたので」
カドゥメルは技能を起動した。
視界の中で、世界中のものが分類される。
勇者たちは不要物ではない。剣も、傷も、敗北の記憶も、本人たちが抱えて帰ったものだ。
不要なのは、許可なく魂へ貼られた所有印。
そして神殿の管理区域へ侵入し、人を物として扱う魔王の支配契約だった。
「待て。不要かどうかを、誰が決める!」
「この区域では、暮らす人たちです」
勇者たちが、動かない喉で必死に息を漏らした。
「いら、ない」
その声を合図に、黒い印が一斉に剥がれた。
千の勇者、万の兵、遠い村で操られていた子どもまで。世界晶の光が届く場所から、所有の鎖だけが塵となって神殿へ集まる。
魔王は契約をつなぎ直そうと腕を上げた。
だが、集められた支配の塵は彼の足元で巨大なごみ袋に収まり、口を固く縛られた。契約を失った勇者たちの剣先が、今度は自分の意思で魔王へ向く。
カドゥメルは袋へ札を貼った。
《危険物。世界外へ廃棄》
神殿の扉が開き、袋ごと魔王を虚無へ吸い出す。最後まで響いた絶叫も、扉が閉じると同時に消えた。
静かになった広間で、勇者が震える手から剣を落とした。
カドゥメルはそれを拾い、持ち主へ返す。
祭壇の職業石板が眩く輝き、世界の隅々まで届く文字で彼の役目を書き直した。
【職業「世界神殿雑役」が上位職「世界清浄主」へ書き換えられました】