世界の終わりを次の章へ訳す

王宮の末席翻訳士アマルテは、勇者の勝利宣言を各国語へ直す係だった。

魔王を倒した勇者は自らを救世王と名乗り、「翻訳など、終わった物語の飾りだ」と彼女を玉座の階段から追い払った。

【固有スキル《概念翻訳》:受け手の体系に存在しない概念を、その体系に存在する最も近い実行可能な概念へ置き換える】

戴冠の瞬間、空が一枚の黒い頁になった。

山も海も、人の名前も、端から文字を消すように失われていく。魔王が死の直前に放った《世界終了命令》だった。

勇者は聖剣を振るったが、斬った部分から剣の存在まで消えた。

大賢者は叫ぶ。

「世界には『自分が終わる』という概念がない。理解できぬ命令だから、無差別に消去している!」

救世王は民を押しのけ、唯一残った転移門へ走った。

「私だけは次の世界で王になる!」

だが門も黒い頁へ呑まれる。

アマルテは玉座の下に落ちた創世碑へ触れた。

世界の体系に「終了」はない。あるのは昼の完了、季節の完了、物語の一章の完了。そして完了したものの次には、必ず開始がある。

彼女は世界終了命令を、世界自身が実行できる最も近い概念へ翻訳した。

――現在の章を完了し、次の章を開始せよ。

黒い空が中央から折れた。消えかけた山河は頁の裏から戻り、夜は破壊ではなく一日の終わりとして閉じる。

次の頁が開き、朝日が差した。

命令は意味を失っていない。世界は確かに一度終わった。ただし、終わりを持たない体系では、それは次へ進むための区切りになった。

救世王の王冠だけが戻らなかった。彼が刻ませた《永遠の唯一王》は、次の章へ持ち越せない矛盾として削除されていた。

民の前に残ったのは、黒い頁を両手で閉じたアマルテだけ。

折り畳まれた黒い頁は、掌ほどの栞になって創世碑へ収まった。そこには消えたはずの町や人々の名が、次章へ引き継ぐ登場者として一つ残らず記されている。民は自分の名を取り戻し、互いを呼び合った。

アマルテは救世を名乗らない。ただ、終わりと続きの境目に立ち、誰も置き去りになっていないことを最後まで読み確かめた。

朝の光が職業札へ触れ、世界で最初の新しい一行を書いた。

【職業《末席翻訳士》が上位職《世界再訳者》へ書き換わりました】