世界を次の場所へ運ぶ
雑運びユラシアは、何を運ぶ者なのか自分でも説明できなかった。
市場では買い物籠、神殿では椅子、戦場では空になった水樽。専門がないため日当は最低で、職業欄を見た商人は「大事な荷を雑用へ任せる者はいない」と笑った。
成人時に現れた技能は、条件ばかり厳しかった。
【受託運搬:依頼人が一つと認めた荷を、受取人が受領できる場所へ届ける。形状・重量・距離は問わない】
依頼人と受取人がそろわなければ動かない。だから彼女は、椅子一脚より価値ある物を任されたことがなかった。
神々が世界を廃棄すると告げた日までは。
空の端から白い虚無が迫り、触れた海も山も消えていく。創造神は「人間の時代は失敗作だった」と天門を閉じ、自分たちだけ次の世界へ移った。勇者の剣も賢者の結界も、存在そのものを消す波には届かない。
残された人々は最後の丘へ集まった。逃げ先はなく、世界は一刻後に荷のように捨てられる。
ユラシアは丘の上へ、いつもの運搬布を広げた。
「この世界は誰の荷ですか」
王は答えられなかった。神殿も所有権を失っている。すると、畑仕事の老婆が土を一握り載せた。
「ここで生きた全員のものだよ」
人々が次々に布へ触れた。漁師は海、子どもは学校、墓守は死者、魔族は森を「同じ世界」と認める。最後に、出産を間近にした女性がユラシアの手を取った。
「受取人は、この子です。まだ世界を一度も受け取っていない」
母の腹の中で、小さな鼓動が鳴った。受取人は存在し、受領できる場所を必要としている。
全員の認識が一つになった瞬間、海も山も町も星空も、一件の荷として運搬布へ載った。
ユラシアは布の端を肩へ掛けた。重さはなかった。代わりに、数えきれない暮らしの温度が背へ伝わる。
白い虚無が丘を呑む直前、彼女は一歩だけ進んだ。
届け先は、神々がまだ何も置いていない次の世界。その最初の朝だった。
一歩の向こうで、消えかけた海が青く広がり、山が立ち、町の鐘が鳴った。女性の腕には産声を上げる子がいて、その小さな手が新しい土を確かに握る。
《職業が【雑運び】から【万有渡界神】へ書き換わりました》