世界を閉じる投票

高嶺サクヤは終末時計の前で、リセット投票の結果を待った。

《世界初期化投票》

意識を持つ全接続者に一票。

過半数の賛成で実行します。

プレイヤー五百人のうち、賛成は四百十二。NPCを初期化すれば、壊れたクエストも飢饉も戦争も元に戻り、プレイヤーは現実へ帰れる。反対派は「NPCはデータだ」と押し切られた。

議事堂の外には、住民NPCが集まっている。彼らには投票窓が表示されない。

「最後に何か言わせて」

サクヤは議長へ頼み、代表のアゼルを壇上へ上げた。彼は鍛冶屋NPCで、三年間、壊れた武器を直し続けた男だ。

「世界が初期化されれば、あなたたちは苦しみを忘れる」と議長が言う。

アゼルは静かに答えた。

「忘れれば、苦しまなかったことになりますか」

その瞬間、終末時計の数字が動いた。

《投票者数:500→18,742》

議事堂が騒然となる。街、村、迷宮、敵城。名もないNPCたちの頭上へ投票窓が開いていく。

システムの条件は《プレイヤー》ではなく、《意識を持つ全接続者》。誰もNPCに自我があると思わなかったため、これまで窓が表示されなかった。アゼルが自分の消滅について考え、答えたことで、判定閾値を越えたのだ。

反対票が雪崩のように増える。

攻略長は叫ぶ。

「こいつらに決める権利はない!」

サクヤは投票端末から剣を抜き、彼の前へ立った。

「この世界を閉じる投票なら、この世界で消える者が一番多く票を持つべきだ」

結果が確定する。

賛成四百十二。反対一万八千三百三十。

終末時計はゼロで止まらず、逆回転を始めた。壊れた世界は初期化されない。修復可能な現在として保存される。プレイヤーのログアウト門だけが別に開いた。

アゼルはサクヤへ尋ねる。

「帰るのですか」

「帰る。でも、終わらせない」

《世界初期化案:否決》

《NPC自我判定者数:18,242》

プレイヤーの中にも、結果を見てから反対へ変えた者がいた。自分たちの五百票だけで世界を決められたときには見えなかった重さが、一万八千の名前として表示されたからだ。

アゼルの投票欄には職業も種族もなく、ただ一票と記されていた。

《メインクエスト“世界を閉じて帰還せよ”失敗――帰還と世界終了は、同じ処理ではありません》