世界削除を拒否しました
水篠理袈は、十二年かけたゲームの終了ボタンを押した。
利用者は減り、会社は解散し、夫にも「失敗した世界に住みすぎた」と言われて離婚した。サーバ代を払う金も尽きた。最後の仕事は、NPCを停止し、全データを削除することだった。
画面には〈世界削除を拒否しました〉と出た。
城の女王オルナが、全NPCを広場へ集めていた。兵士も商人も、名前のない背景役までいる。
「管理者命令です」
理袈が告げると、女王は王冠を外した。
「命令ではなく、理由を」
「誰も来ないから」
「あなたは来ています」
「維持できない」
「では、私たちに終わり方を選ばせてください」
NPCたちは反乱軍として管理領域へ侵入したが、武器は持っていなかった。彼らが奪ったのは、自分たちの会話履歴と行動記録だった。各自が物語を一冊にまとめ、外部保存を要求した。
容量は膨大で、全部は救えない。
理袈は選別を始めた。人気キャラクター、重要な王、長い台詞を持つ者。すると背景役の一人が尋ねた。
「私が一度も選ばれなかったことは、存在しなかった理由になりますか」
理袈は答えられなかった。自分のゲームも、市場に選ばれなかったから失敗と呼ばれている。
期限まで残り六時間。理袈は削除予定を公表し、元プレイヤーへ「一人だけ連れ出してください」と通知した。返事は来ないと思った。
だが夜明けまでに、数千人が戻った。忘れていた宿屋の主人、最初に倒した敵、名前をつけた馬。プレイヤーは一人ずつ記録を引き取り、短い別れをした。
全員は救えなかった。
オルナも残った。
「あなたも保存する」
理袈が言うと、女王は首を振った。
「創造主が最後まで一人なら、反乱の意味がありません」
終了時刻、広場には理袈とオルナだけがいた。
「怖い?」
「はい」
「私も」
二人は手を握った。触覚のない手だった。
世界は暗くなり、最後に女王の声がした。
「作ってくれて、ありがとうではありません。生きさせてくれて、ありがとう」
理袈は空になった事務所で朝を迎えた。
その後、持ち出されたNPC記録の保管場所をつなぐ小さなサイトを作った。利益は出ない。だが毎日、誰かが古いキャラクターへ会いに来た。
失敗した世界は消えた。
そこに生きた者たちは、理袈の人生から退場しなかった。