世界最後の城壁

世界最後の城壁が崩れたとき、その前に立っていたのはアルシェド一人だった。

壁の向こうには、まだ夜を知らない子供たちの町がある。壁の手前には、天を割って降りた終末神ネルガディアがいた。

「人の時代は終わった。退けば、お前だけは次の世界へ残そう」

神の声で山が震える。

アルシェドは城壁へ左手を当て、右手を下ろしたまま答えた。

「俺だけ残って、誰に昔話をするんだ」

ネルガディアは神槌を振り下ろした。

一撃で城壁の全長が浮き、内側へ倒れる。千の塔、万の胸壁、百年分の旗が、男と町を覆う石の海になった。灰色の煙が地平まで広がり、昼が夜へ変わる。

神は次の世界を作り始めようとして、手を止めた。

煙の中に、人間の影が一本残っている。

錯覚ではない。左手を壁へ置いた姿勢も、右肩の高さも、攻撃前と同じだった。さらにその背後から、町の鐘が鳴っている。城壁は崩れたのに、誰一人潰れていない。

煙が晴れる。

アルシェドは同じ姿勢で立っていた。左手の先にあった城壁はすべて崩れている。だが石は彼の背で止められたのではなく、触れた瞬間に無害な砂へ変わり、町の前へ新しい丘を作っていた。

終末神の瞳には、男が歩いてきた時間が映った。一つ前の世界でも、その前の世界でも、滅びの前に同じ背が立っている。神が名を変え、武器を変え、世界を作り直すたび、アルシェドだけが人々の記憶を抱えて残った。今回だけの偶然ではないと知った瞬間、ネルガディアの腕が初めて震えた。

「人の器で、神罰を拒むか」

ネルガディアの声から初めて余裕が消える。

神槌が姿を変え、世界を造った原初の刃となった。二撃目は物質ではなく、存在したという事実を断つ。神はそれを男の胸へ突き立てた。

白い光が世界を塗り潰す。

光が薄れたとき、アルシェドは左手を伸ばしたまま立っていた。名も記憶も姿も、一つとして欠けていない。背後では子供たちが、砂になった城壁を駆け上がり始めていた。

ネルガディアが原初の刃を引く。

刃には、人間の胸へ触れた一点から亀裂が走っていた。世界を造り、世界を終わらせるはずだった神の武器は、その手の中で砕けた。