乗員名簿の空欄
出港五分前、乗員名簿にない七人が貨物船へ乗り込んだ。
派手な服の配信者たちと、常務の娘、網代彩加。彼女は広報企画室に籍を置き、月に一度だけ港へ来ては船を撮影スタジオにしていた。
「今夜は洋上ライブ。映えるから沖まで出して」
「旅客設備のない船です。名簿にもありません」
「常務命令よ。檜垣さん、船に乗ってるだけで給料をもらってるんだから、少しは会社に貢献して」
私は船長権限で出港を止めた。潮は満ち始め、出港時刻を逃せば荷主への遅延金が発生する。それでも、貨物船には救命設備も客室も七人分ない。大型バッテリーが発火すれば、甲板下の積荷へ煙が回る。
彩加は船橋の椅子へ座り、配信を始めた。〈融通の利かない船長に邪魔されています〉。視聴者数が増えるほど、彼女は得意げになった。私は映像ごと港湾当局へ送信し、乗員には係留索を外さないよう命じた。
彩加は本社へ電話し、私の解任を要求した。十分後、常務から出港命令が届いた。私はそれも拒否し、港湾当局へ報告した。
臨検官が乗船すると、配信機材の箱から未申告の大型バッテリーが見つかった。火災対策なしでは積めない危険物だった。さらに彩加が過去の航海でも名簿を改ざんし、常務が保険会社へ虚偽報告していた記録が出た。
本社会議は船橋の画面へ中継された。網代常務はすでに取締役を解任され、保険会社は全船の契約停止を通告していた。
彩加は笑った。
「保険が止まったなら、なおさら私を切れないでしょ。父の人脈で戻せるから」
保険会社の責任者が画面越しに答えた。
「再契約の条件は、コンプライアンス責任者を檜垣碧船長とし、網代親子を運航から完全に排除することです」
社長が決議書を読み上げた。
「条件を受諾する。網代彩加を危険物無申告、運航妨害、記録改ざんにより懲戒解雇。檜垣船長を安全運航本部長に任命する」
彩加は下船を拒み、父へ電話をかけた。
だが通話より先に、船内放送が鳴った。
「部外者七名は退船してください。本船は檜垣本部長の許可により出港します」
タラップが上がり始めたとき、彩加の社員証はもう乗員名簿のどこにもなかった。