九グラムの白磁
国際会議の控室から、非公開合意書を撮影した極小フィルムが消えた。漏洩すれば交渉そのものが破談になる。退室前に部屋は封鎖され、通訳の橘川、随行員の浦部、記者の生駒は身体検査を受けたが、何も出ない。机上には蓋付きの白磁コップが二つあり、橘川と浦部が同じ急須の茶を飲んでいた。生駒は紙パックの水だけだった。フィルムは指先ほどの筒に収められ、排水口にもごみ箱にもなかった。
橘川は国外報道機関との接触を疑われ、浦部は交渉方針に反発し、生駒は特報を欲しがっていた。三人の端末も衣服も空で、警備主任の古賀は二客だけを廃棄させず調べた。外見は同じ土産品だが、橘川は「自分の口を付けた物だから」と片方を持ち帰ろうとしていた。古賀はその言葉を証拠にはせず、普通の一客との差だけを比べた。
「隠し場所を決める手掛かりは三つです」
一つ目。同時に同じ茶を注いだのに、橘川のコップだけ三十分後も温かく、外側に熱がほとんど伝わっていない。
二つ目。入館時の手荷物記録では橘川のコップは二百十四グラム、現在は二百二十三グラムで、ちょうど九グラム増えている。消えたフィルム筒も九グラムである。
三つ目。橘川のコップの底には、成形線ではない細い円形の継ぎ目があり、窯印がわずかにずれている。
浦部の一客はすでに室温まで冷え、底の窯印も真っすぐだった。二つが同じに見えるからこそ、違いは偶然ではなく目的のために作られたものだった。
橘川は「保温製品の個体差だ」と言った。
古賀は底を布で包み、左右へ力をかけた。窯印が回り、白磁の底が浅い蓋のように外れた。
「この一客だけは二重壁です。茶の熱が外へ伝わりにくいこと、入館時よりフィルム筒と同じ九グラム増えたこと、底に開閉できる継ぎ目があること。三点は、壁の間へ筒を隠したと示します。身体でも鞄でもなく、検査後に持ち帰る飲み物の容器へ入れたのです」古賀が細いピンセットを差し込むと、巻かれたフィルムが白磁の隙間から現れた。浦部の普通の一杯は比較の基準となり、橘川の一杯だけが、茶ではなく秘密を保温していた。二重壁という一つの空間が、検査を通過する鞄の代わりになったのである。