二人いた主催者
出版社社長の久礼は、閉めれば施錠される自宅書斎から、買収協議のオンライン会議を主催した。顔出しを嫌う彼はカメラを切り、低い声で三人へ指示を出した。二十五分後に「契約は白紙だ」と告げて退出。直後、秘書が書斎を開けると、久礼は机の下で死んでいた。死亡は会議開始前で、玄関も窓も閉じている。
容疑者は買収担当の五百旗頭、専務の稲置、システム顧問の鹿沼田。三人とも会議へ映像参加し、買収中止で損をする。声は確かに久礼に似ており、参加者欄にも「久礼」と表示されていたため、誰も本人の生存を疑わなかった。
久礼は喉の手術後、声が以前より掠れていたため、多少の違いは誰も気にしなかった。五百旗頭は買収条件を読み上げ、稲置は社内の反対派を責め、鹿沼田は接続障害への対応を買って出た。参加者表示は人数が増えると省略され、同じ名前が並んでいても一つの枠にまとめて見える設定だった。
私は参加者一覧を省略表示から展開した。手掛かりは三つだけだった。
第一に、一覧には同じ「久礼」が二人おり、一方は主催者、もう一方は外部ゲストと表示されていた。
第二に、会議中に発言していたタイルには、主催者を示す小さな王冠印が付いていなかった。
第三に、外部ゲストの接続先は鹿沼田の予備タブレットで、表示名だけが久礼へ変更されていた。
稲置は録画を再生した。声を出すたび自動で大きく表示されたのは、王冠のない方の「久礼」だった。本物の主催者端末は書斎で無音のまま接続されていた。
「鹿沼田は会議前に久礼を殺し、退出して扉を閉めた。その後、別端末を久礼と名乗らせ、声を真似て二十五分話したのです」私は二つの名前を並べた。重複名が替え玉の存在を、王冠の欠如が発言者は主催者でないことを、接続先が正体を示す。密室の端末が会議を開いた事実と、久礼本人が話した事実は同じではない。参加者は一人の名を見て、二人いることを見落とした。 表示名は身分証ではない。その単純な穴が、最後まで久礼を生かしていた。