二十八年目の受領印
新聞記者殺害事件の原簿は、二十八年目の電子化で初めて開かれた。
公文書管理官の唐櫃川怜奈は、綴じ糸の内側に折り込まれた薄紙を見つけた。記者が死亡する前日、警察へ提出した「保護願受理票」。記事資料を狙われていると訴え、証拠の録音テープを預けていた。
受領者欄には、当時の若手刑事、現在の警視総監・宗像堂廉の印がある。
電子化室の扉が開き、宗像堂本人が入ってきた。随行員はいない。
「その紙は原簿に含まれない」
怜奈は受理番号を確認した。原簿本文では欠番。翌日の殺害現場から録音テープは見つからず、警察は「相談歴なし」と発表していた。
「テープを返したんですか」
「上司へ渡した」
「上司は、記者が追っていた警察共済の不正融資先から金を受け取っていた」
宗像堂は薄紙を指で押さえた。
「当時の私は従うしかなかった。記者が殺されるとは知らなかった」
「死亡後も受理票を隠した」
「公表すれば捜査そのものが成立しなかった。県警幹部が容疑者では、誰も証言しない。組織を残して、後から正すつもりだった」
「二十八年間?」
電子化室の時計だけが音を立てた。
宗像堂は、怜奈の採用試験で面接官を務めた人だった。文書管理部門を強化し、「記録は警察の良心だ」と訓示した。その言葉を信じて、彼女はここにいる。
「私は来月退任する」と宗像堂は言った。「その後なら調査委員会を作れる。今出せば、現職総監による殺人隠蔽になる。全国の警察が揺れる」
「退任後なら、元総監の過ちで終えられる」
宗像堂の目が細くなった。
「賢いな。だから待て」
電子化手順では、挟み込み文書は管理者判断で「夾雑物」として除外できる。怜奈がそう登録すれば、薄紙は再び暗い箱へ戻る。真正文書として読み取れば、受領印と欠番は改変不能の公文書台帳へ記録される。
廊下で複数の足音が止まった。宗像堂が呼んだ者たちだろう。
怜奈は薄紙をスキャナーへ置いた。受領印が画面いっぱいに拡大される。
「記録は警察の良心だと教わりました」
彼女は文書種別を「新発見原本」、関連事件を「新聞記者殺害」、関係職員を「現職警視総監」と入力した。送信先へ検察、公文書監察委員会、遺族代理人を追加する。
扉の鍵が外から回る。
怜奈は宗像堂の印影が消える前に、電子化確定を押した。