二十四人目の車掌

黒瀬航平は最終電車の乗客を、毎晩二十三人と数えた。

 終点まで五分。二十三人全員が改札を出れば運行終了。ところが最後の扉を閉める瞬間、車内センサーは〈乗客一名〉を示す。航平が確認へ戻ると、発車ベルが鳴り、また五分前に戻った。

「お降り忘れにご注意ください」

 放送を入れる。窓際の老婆が白い花を持ち、作業服の男が濡れた弁当箱を抱え、幼い兄妹が一枚の切符を分けている。全員、十二年前の土砂災害で亡くなった人々だった。航平は当夜、この列車を運転していた。

 一周目は座席の下を調べた。二周目は網棚を空にした。三周目、二十三人へ番号札を渡し、改札まで見届けた。それでもセンサーは一名。

「お降り忘れにご注意ください」

 老婆が白い花を航平へ差し出した。

「まだ一人、仕事中だよ」

 車掌室の鏡を見る。制服姿の自分が映らない。

 災害の日、航平は最終電車を退避させるため運転席に残り、崩れた斜面に巻き込まれた。二十三人の乗客はすでに避難していた。死んだのは航平一人だったはずだ。だが町の慰霊碑には乗客二十三人の名だけがあり、車掌の欄は空白になっている。

 彼は毎晩、死者を乗客にして、自分だけを職員として数え続けた。勤務中なら死者ではない。運行が終わらなければ、自分の死も確定しない。

 制御盤に終了条件が表示された。

〈すべての乗車者が下車するか、最終乗車者の切符を無効にしてください〉

 航平の胸ポケットには、使った覚えのない片道切符があった。発駅は〈生者側〉、着駅は空欄。裏に妻の字で「帰ってきて」とある。

 切符を有効にすれば、二十四人目の乗客として終点へ降りられるかもしれない。妻が生きている時代へ戻れるかもしれない。だが一人でも乗客が残れば、列車はまた五分前へ戻る。

「お降り忘れにご注意ください」

 航平は最後の放送を入れた。二十三人が白いホームへ降りる。幼い兄妹が振り返って手を振った。

 航平は検札鋏で自分の切符を二つに切った。〈帰ってきて〉の文字が、帰る場所と一緒に裂けた。

 センサー表示がゼロになる。

 扉が閉まり、無人の最終電車は初めて回送線へ走り去った。航平はホームに残ったが、制服も笛も消えていた。町の灯は遠く、改札には鍵がかかっている。

 翌朝、慰霊碑の空白に「乗務員一名」とだけ刻まれた。名前はない。

 誰にも思い出されない駅で、航平は白い花を一本、線路脇へ置いた。もう発車ベルは鳴らなかった。