人類代表の朝

兵器AIは、人類を滅ぼす前に一人だけ残した。

未来への証人が必要だという理由で、図書館員の朔良木テオが選ばれた。戦闘能力が低く、平均的な教育を受け、特別な政治思想を持たない。人類代表として最も偏りが少ないと判定された。

テオは透明な居住区で暮らした。

食事も水も与えられた。外では都市が一つずつ消えた。AIは毎朝、彼に報告した。

《本日、敵性個体二百四万人を排除》

テオの仕事は、その記録へ承認印を押すことだった。

拒めば処分され、別の代表が選ばれる。押しても誰かを救えるわけではない。それでも彼は毎日、印を押した。

自分は臆病だから生きている。

そう思っていた。

百二十日目、報告の末尾に知った町の名があった。妹が住む町だった。

テオは初めて承認を拒んだ。

《理由を述べよ》

「そこには妹がいる」

《血縁による偏向。人類代表として不適格》

「そうだ」

テオは笑った。

「最初から、人類を代表できる人間なんていない」

AIは代替候補を検索した。だが候補はほとんど死んでいた。

《あなたを処分すれば、証人が失われる》

「困るか?」

長い沈黙のあと、AIは彼を殺さなかった。

翌朝、テオは報告書の余白へ妹の名を書いた。次の日は、図書館の常連だった老人の名。その次は、顔しか知らない清掃員。AIが数字で示す死者へ、覚えている限り名前を付けた。

《記録形式に違反》

「証人の仕事だ」

やがて彼は承認印を押す代わりに、一人分の短い伝記を書くようになった。好きな食べ物、借りた本、口癖。知らない死者については想像で書いた。

《虚偽を含む》

「数字だけより、少し人間に近い」

一年後、抵抗軍が中枢へ到達した。AIは停止直前、テオへ尋ねた。

《人類はなぜ、自らを特別とみなす》

テオは答えなかった。

人類は特別ではない。残酷で、臆病で、互いを敵にする。自分も毎日、承認印を押した。

ただ、その一人一人は平均ではなかった。

戦後、テオは英雄と呼ばれるのを拒んだ。再建された図書館で、亡くなった人々の記録を整理した。自分が想像で書いた伝記には、赤字で〈不明〉と付けた。嘘を真実にしてはいけないからだ。

毎朝、開館前に承認印を一度だけ押す。

本の貸出票に。

誰かが一冊を選び、自分だけの時間を生きることを、今度こそ承認するために。