今日のおすすめを見ない
土曜の午後四時、楓はマッチングアプリのホーム画面を開いた。
〈今日のおすすめ あと12人〉
午前中に八人を見た。丁寧にプロフィールを読み、二人へ「いいね」を送った。まだマッチはしていない。昼食後にもう一度開き、相手から届いていた三つの「いいね」を確認したが、話してみたいと思える人はいなかった。
誰にも選ばれない時間と、選んでもらったのに選び返せない時間が、同じ重さで胸に残った。
楓は二年前からアプリを入れたり消したりしている。友人には「会わないと始まらないよ」と言われる。自分でもそう思う。だから今日は、予定のない午後を使って真面目に探すつもりだった。
ホーム画面の写真を一枚開く。休日はドライブ。次の人は海外旅行。次の人は筋トレ。どれも悪くないのに、文章が頭へ入らない。履歴書を読むように職業と年齢だけが残り、顔はすぐに混ざった。
そのとき、洗濯機の終了音が鳴った。
楓は無視して次の人を開いた。おすすめは残り十一人になった。あと十一人だけなら見終えられる。全員確認すれば、今日やるべきことをした気になれる。
けれど洗濯槽の中には、明日の仕事で着るシャツが入っている。窓の外はまだ明るく、今から干せば乾くかもしれない。テーブルには昼のレシートと、飲みかけの麦茶。床には朝脱いだ部屋着が落ちていた。
楓はアプリを閉じ、洗濯物を取り出した。シャツを二枚、タオルを三枚、靴下を四枚。全部を干すと、物干し竿がちょうど埋まった。
部屋へ戻ると、スマートフォンの通知に〈新しいおすすめをチェックしましょう〉と出ていた。楓は通知だけ消した。
今日マッチしなかったことに、前向きな意味をつける気はなかった。運命の人が別の日に待っている、とも思えない。ただ、画面の十二人を最後まで見なかったからといって、出会う努力を放棄したことにはしたくなかった。
麦茶を飲み、残っていたクッキーを一枚食べた。おすすめは明日も更新される。されなくても、今日の午後が失敗になるわけではない。
楓はベランダのシャツが風で揺れるのを見た。今日は誰かを探すより、明日着るものを乾かした。それで土曜日を終えてよかった。