伏せられた名刺

七尾孝澄がまとめた企業再建案は、取引先十二社を束ねる共同事業へ育った。

勝呂啓輔統括部長は最終会議の前日、資料の作成者をすべて自分へ変更した。

「大型案件は役員候補の私が前に出る。お前は質問された数字だけ答えろ」

会議室の中央には、共同事業の代表である国見泰臣が座っていた。勝呂は流麗なスライドで、物流網の再編、工場統合、雇用維持まで自分の構想として説明した。孝澄は一番遠い席でノートを閉じていた。

説明が終わると、国見は全員へ名刺を机に伏せるよう求めた。

「肩書なしで確認しましょう。三工場のうち、閉鎖しない一か所はどこですか」

勝呂は即答した。

「最も新しい東工場です」

「資料では西工場です」

「総合的な事情で変更もあり得ます」

「西を残す理由は?」

勝呂は孝澄を睨んだ。答えろという合図だった。

孝澄は国見だけを見て話した。西工場は古いが、熟練工四十三人が特殊加工を担っている。設備は移せても、技能は一晩で運べない。東工場の新設備を西へ移し、空いた東の建屋を共同物流拠点にすれば、閉鎖せず二百八十人の雇用を守れる。

国見は続けて、銀行交渉、在庫評価、災害時の代替輸送を尋ねた。孝澄は数字だけでなく、誰が反対し、どう合意したかまで答えた。勝呂は途中から水を飲むだけになった。

最後に国見が尋ねた。

「勝呂さん。この計画で、あなたが直接会った現場責任者は何人ですか」

「統括者は細部まで出向く必要がありません」

「ゼロですね。七尾さんは百十七人全員に会った」

国見は伏せていた名刺を表へ返した。裏面には十二社の代表署名が並んでいる。それは名刺ではなく、総額三百億円の共同契約を縮小印刷した確認票だった。

「我々が預けるのは七尾さんの計画です。勝呂さんの肩書ではない。七尾さんを事業代表にし、あなたを指揮系統から外すことが全十二社の契約条件です」

自社社長は勝呂の前の正式契約書を引き寄せ、孝澄の席へ置いた。

「七尾君、会社を代表して署名してくれ」

孝澄がペンを取る。十二社の代表も同時に名刺を表へ返した。

最後まで伏せられたままだったのは、役員候補と金文字で刷った勝呂の名刺だけだった。