住所のない手紙
「引っ越したら、住所を教えて」
小学五年の春、九条澄哉は桐谷つむぎへそう言った。
つむぎの家の生け垣には、二人だけの小さな郵便受けがあった。放課後に会えない日は、絵やなぞなぞを入れた。澄哉の家が先に引っ越したときも、最後の紙には《新しい住所を送る》と書かれていた。
けれど住所は届かなかった。つむぎも高校で町を出て、郵便受けのことを忘れたふりをした。
二十年後、実家を売ることになり、つむぎは最後の片づけへ戻った。伸びた生け垣を切ると、錆びた郵便受けが落ちる。中には、色あせた封筒が一通残っていた。
宛名は《となりのつむぎへ》。
差出人は澄哉。
新しい住所と、《会いに来て》の文字。
消印はない。投函口に引っかかり、二十年間、中へ落ちたままだったのだ。
つむぎが封筒を持って昔の住所を訪ねると、そこは小さな写真店になっていた。店主として出てきたのが澄哉だった。
店先の風鈴が何度鳴っても、二人はしばらく、笑うことしかできなかった。澄哉は住所を教えたのに返事がなかったと思い、つむぎは教えてもらえなかったと思っていた。二人の間にあった障害は、錆びた投函口一つだけだった。
「今さら返事を持ってきた」
つむぎが封筒を渡すと、澄哉は開かず、裏へ現在の住所を書いた。さらにスマホの連絡先を表示し、来週土曜の予定を送る。場所は、取り壊される実家の前ではなく、つむぎが今住む街の喫茶店だった。
「今度は届いた?」
つむぎは承諾を押し、連絡先の表示名を《九条澄哉》から《澄哉》へ変えた。自分の住所も登録する代わりに、彼の手を取る。
「紙だけじゃなく、本人にも教える」
店を出ると、澄哉が駅まで送ると言った。つむぎは道案内なら要らないと笑いながら、手だけは離さなかった。
引っ越したら住所を教えて、と始まった二十年前の手紙は、ようやく相手へ届いた。
けれど二人が交換したのは住む場所だけではない。次の土曜日に必ず会える、幼なじみではない新しい宛先だった。