値段のない同行者
魔族売買所の閉場を告げる鐘が鳴っても、最後の檻だけは残っていた。
中にいるのは滅びた魔王家の娘エスカ。角には値札、胸には所有証書の封印。落札されなければ、証書が心臓を焼く。
徴税官モルドは帳簿を調べに来ただけだったが、誰も手を挙げないのを見て、最低額を払った。
競売人サリバンが笑う。
「賢明です。封印へ徴税印を重ねれば、王国最強の魔法があなたのものになる」
「領収書を」
「先に所有登録を」
「税は取引が成立してから発生する。ならば成立した証明を見せろ」
差し出された証書には、買い手、売り手、価格がある。だが商品欄には『魔王家の財産』としか書かれていない。
モルドはエスカへ尋ねた。
「君の名は?」
「商品に名は不要だと、消されました」
「ではこれは、誰を売った証書だ?」
サリバンが答えに詰まる。
モルドは徴税印を所有封印ではなく、商品欄へ押した。
――対象不明につき取引不成立。代金返還不要。契約破棄。
税法の赤い文字が証書を端から食べる。サリバンは慌てて買い手欄へモルドの名を書こうとしたが、彼は紙を二つに裂いた。
胸の封印が光り、エスカは苦痛に膝をつく。
それでもモルドは自分の印で上書きしない。焼け残った売り手の封蝋を靴で踏み砕くと、証書そのものが灰になった。
檻の錠が開き、角の値札が落ちる。
「自由だ。裏門なら人目が少ない」
「代金を払ったのに?」
「不成立の取引だ。私は誰も買っていない」
エスカは値札を拾わず、夕闇へ消えた。
翌朝、サリバンの手下が帳簿を奪いに徴税所を襲う。モルドは棚の前に立ち、証拠書類だけを背へ隠した。
屋根が紫の光で開き、エスカが降り立つ。たった一度の魔法で武器だけを砂に変え、手下を外へ追い出した。
彼女はモルドの机へ、自分の魔杖を柄から置く。
「命令はできないぞ」
「知っています。だから預けます」
さらに白紙を一枚取り、名前をゆっくり書いた。
――エスカ・ノーラ。
「ノーラ?」
「古い魔族語で、値段のない者。今日から私が選ぶ名です」
その下へ『同行者』と書き足し、所有者欄を横線で消す。
「あなたの隣に戻る。買われた恩ではなく、私を売り物にしなかった信頼へ、私自身で報いたい」
机の下で、拾われなかった値札が朝の風にさらわれていった。