先に行った人
都市探検グループの共有メモには、鐘伏トンネルへ四人で入る場合の禁句が一つある。
《坑内で「先に行って」と言ってはいけない》
蛇沼恭介は二十七歳。会社の同期三人と、送別会代わりの肝試しに来た。全員のスマートフォンを同じ位置共有グループへ入れ、入口で人数を確認する。
参加者 4
恭介/白狐/麦茶/ゼロ
トンネルは狭く、途中から空気が重くなった。最後尾のゼロが息苦しいと言い、立ち止まった。恭介は早く外へ出たい気持ちから、振り返らずに言った。
「じゃあ、先に行って。外で待ってて」
一度だけ、禁句を口にした。
直後、前方を歩いていた二人のライトが消えた。背後の咳も止んだ。位置共有画面では、三人の点が恭介を追い越し、出口の外へ一瞬で移動した。
恭介は一人で走った。外には誰もいない。車も三人の荷物も消えていた。グループチャットを開くと、参加者は恭介一人になっている。
過去ログには、彼が一人で計画し、一人で到着し、一人で「先に行って」と投稿した記録しかなかった。
翌朝、会社へ行くと同期三人の席は空いていた。人事に尋ねても、その名前の社員はいないと言う。送別会の予約は一名分。集合写真では、恭介の周囲に不自然な空白だけが残っていた。
それでも日常は進んだ。会議、昼食、残業。恭介が誰かの記憶を口にするたび、社内チャットの候補からその人の名前が消えていった。
夜、退勤しようとエレベーターを呼ぶ。到着表示には「先行」と出ていた。扉が開くと中は暗く、トンネルの湿った匂いがした。
恭介は乗らず、階段で帰った。
自宅で位置共有アプリを開くと、削除したはずのグループが復活していた。
参加者 4
恭介/先に行った人/先に行った人/先に行った人
三つの点は鐘伏トンネルの出口で止まっている。恭介の点だけが自宅にある。
そこへ新しいメッセージが届いた。
先に行った人:外で待ってる
先に行った人:早く
先に行った人:次は誰に言う?
入力欄には、恭介が打っていない返信が準備されていた。
《先に行って》
送信ボタンの下に、日常的な候補表示が出た。
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