再審係への一通

実相寺紘刑事は、消去予定の通話ファイルを再生した。

二十一年前の一家殺害事件で、稲見崎真彦は犯行時刻の午後八時十七分、自宅にいたと主張した。警察は九時前に任意同行したと発表し、アリバイを崩した。事件は県警史上最大の成果とされ、当時の捜査主任・戸叶晋一は現在の本部長になった。

ファイルには、法律相談の録音が残っていた。

《こちら県警本部、第三聴取室です。相談者は稲見崎真彦さん》

交換手の声。続いて時報、午後八時十九分。稲見崎本人が「朝からここにいる。帰してくれない」と訴えている。

犯行時刻、彼は警察署内にいた。

通話は別事件の番号で保存され、捜査記録から外されていた。アクセス履歴には、戸叶が二度再生し、《分類修正不要》と承認した記録まである。第三聴取室の入退室プリンターにも、稲見崎が午後六時四十二分から拘束されていた記録が残っていた。二つの時計は時報と一秒もずれていない。

本部長室で、戸叶は録音を最後まで聞いた。

「違法な事前聴取だった。公表すれば、稲見崎を拘束していたこと自体が問題になる」

「問題だから隠したんですね」

「彼を別件で聴いていたのは事実だ。しかし殺人に関与していないとは限らない。共犯へ指示した可能性もある」

「判決は、稲見崎本人が現場にいたことを前提にしています」

戸叶は窓の外の庁舎を見下ろした。

「明日は県警創立記念式典だ。この事件の功績で殉職者基金もできた。録音一本で、二十一年積み上げた信頼を壊すのか」

実相寺の端末には、午前零時の自動消去まで残り二分と出ている。保存すれば機密持出し、消せば証拠隠滅への加担。どちらを選んでも、もう元の部署には戻れない。

戸叶が管理者権限のカードを差し込んだ。

実相寺はその前にファイルを時刻認証し、通話履歴とアクセス記録を一つの保全包へまとめた。宛先に裁判所再審係、検察、弁護人、監察室を入力する。

「待て」と戸叶が言った。

実相寺は振り返らず、送信した。

第三聴取室からの二十一年前の声が、初めて警察の外へ出た。