冠を映す刀

氷冠城の最上塔で、親衛長イヴァル・レインは王剣を抜いた。

鏡のような刃に、ヴァルド王の鉄冠が映る。冠は実物より大きく、王の顔は細くゆがんで見えた。

「夜明け、降伏の門を開ける」と王は言った。「敵兵が大広場へ入ったら、この剣を東日にかざせ。地下兵が火薬庫へ点火する」

城の地下には、鉱山から運んだ黒色火薬が百樽ある。爆ぜれば敵兵だけでなく、城内の民も石壁ごと消える。

「陛下も、ここで」

「王は城と死ぬ。美しい話だろう」

「民は物語を読めません」

「死者は文句も言わぬ」

ヴァルドは笑った。

敵からの降伏条件は穏当だった。王は廃位、兵は帰農、城民は保護。イヴァルは昨日、その文書を暖炉で焼いたふりをし、灰の下から回収した。敵将の署名と印は本物だ。

ただし、敵が守る保証はない。

王が皆殺しにする保証だけはあった。

「剣を高く上げれば点火」とヴァルドは続けた。「鞘ごと掲げれば中止だ。間違えるな」

王剣は初代以来、親衛長だけが持つ。城兵は王の姿が見えなくても、塔上の刃を軍令として従う。だからヴァルドはイヴァルを選んだ。二十五年、一度も命令へ逆らわなかった男を。

「おまえの妻も広場にいるそうだな」

「三年前に死にました」

「息子は」

「南壁で」

「なら、失うものはない」

イヴァルは刃に映る冠を見た。

王は、忠臣を作るには家族を奪えばよいと思っている。逆だった。人は守るものを失ったあと、命令まで守る理由をなくす。

階下で一番鐘が鳴った。降伏を装う門が開く刻だ。

ヴァルドが腕を広げる。

「来い。最後の王と、最後の親衛長だ」

イヴァルは王剣を肩へ載せた。

「陛下、親衛長は王を守る役でした」

「そうだ」

「王国を守る役ではなかった」

「何が言いたい」

「今夜から、順序を変えます」

王が短剣を抜く。

イヴァルは王剣を振り、ヴァルドの背後に垂れた王旗の綱を断った。鉄冠の旗が塔下へ落ちる。城兵の視線が旗を追った。

彼は鞘を拾わなかった。

剣を高く上げれば火薬庫に点火される。だが刃を東日へ向けず、真下の大門へ向ければ、城兵には古い軍令――王不在、親衛長に従え――と読める。

ヴァルドが叫んだ。

「剣を下ろせ!」

イヴァルは王を映した刃を大門へ突き出した。

門楼で新しい命令が復唱され、氷冠城の正門が敵陣へ向かって開き始めた。