剣より釣り竿を
鉄守ルカは王国騎士団の武具係として、剣を握る者より多くの刃に触れてきた。
紺の制服は胸当てに擦られて薄くなり、革手袋には砥石で削れた穴がある。千本の剣を磨いても名は呼ばれず、一本錆びれば夜中でも緊急招集された。退役許可が下りた後も未読の連絡は続いた。「北門出兵」「槍が足りない」「愛国心があるなら来い」。愛国心は、休暇簿には記入できないらしい。
ルカが湖畔で得た無限収納には、入れた道具を最良の状態で保ち、使用者に合わせて出し分ける力があった。彼は武器ではなく、暮らしの道具を集めた。鍬、鋸、梯子、釣り舟の櫂、祭りの大鍋。村人は共同札をかざし、必要な日だけ借りる。
利用料は一回銅貨一枚。壊れれば収納が傷みを記録し、修理工房へ自動で送る。修理代も利用料から積み立てられた。ルカは一日中砥石を回さなくてもよくなった。
夏の朝、湖面を渡る風とともに通知が届く。
《共同道具庫利用料:入金》
《生活必要額を達成。本日の整備作業はありません》
作業がない、と明記された朝は、騎士団では一度もなかった。ルカは念のため剣油を探しかけ、手を止めた。代わりに湖の水面へ映る雲を数えた。
ほどなく団長の軍用通信が光った。
「国境で小競り合いだ。武具係が足りん。階級を与えるから戻れ」
「退役済みです」
「剣を守ることは国を守ることだ」
ルカは村の共同道具庫を見た。今朝は誰かが梯子を借り、誰かが大鍋を返している。剣以外にも、守るに値する日々はたくさんあった。道具庫の前では子どもが虫取り網を借りていた。国境より近くにも、守る夏がある。
「私は、剣を磨くために暮らすのをやめました」
「戦になれば、その村も無事ではないぞ」
「戦を理由に一人を休ませないやり方から、まず退役します」
団長の声を消音し、軍用通信そのものを無限収納の最奥へ送った。古い手袋は湖畔の杭へ掛ける。
ルカは共同道具庫から自分名義で釣り竿を一本借り、銅貨をきちんと入れた。今日の収益の一枚を今日の休みに使い、木陰の桟橋へ腰を下ろした。