動かしたのは家の霊
不破木家では、家具が毎朝少しずつ移動していた。
ソファは十センチ左へ、植木鉢は窓際へ、父の椅子だけは廊下へ出されている。
母の泉澄は家族を集めた。
「誰が動かしたの」
父は祖母を見る。
「お義母さんが模様替えを」
祖母は娘を見る。
「泉澄が掃除で」
息子は父を指す。
「椅子だけ追放されてる。お父さんへの恨みだ」
父は天井を見る。
「家の霊だ」
母が言う。
「都合の悪い配置だけ霊にしないで」
夜には、食器棚の扉も開いた。
祖母が息子を疑う。
「夜食を探したね」
息子は父へ返す。
「お父さんが酒を」
父は母を見る。
「換気のために開けた?」
母は全員を見る。
「私へ戻すのは禁止」
家族は監視カメラを設置した。
翌朝、映像には何も映っていない。それでも家具は動いている。
父が青ざめる。
「カメラに映らない霊だ」
息子は言う。
「設置した人が録画を切ったのでは」
祖母は母を見る。
「家を売りたいから怪談を」
泉澄が怒る。
「そこまで計画的なら、父さんの椅子だけ動かさない」
さらに、壁から小さな振動音がした。
ぶうん、ぶうん。
父が宣言する。
「ポルターガイストだ」
息子は冷静に言う。
「お父さんのいびきに似てる」
「霊が真似している」
「なぜ霊が不人気な音を選ぶの」
祖母は玄関へ盛り塩を置いた。
父は椅子へ鈴を結んだ。
息子は霊へ質問を書いた紙を床へ置く。
〈なぜ父の椅子だけ?〉
母が尋ねる。
「もっと聞くことがあるでしょう」
父は紙を見てうなずく。
「重要だ。家族内評価に関わる」
家族全員で徹夜して見張ることになった。
午前三時。床を丸いロボット掃除機が走り、ソファの脚へ何度もぶつかった。植木鉢を押し、父の軽い折り畳み椅子を廊下まで運ぶ。食器棚の扉は、掃除機に結びついた充電コードが引っかけて開けていた。
監視カメラに映らなかったのは、家族が床より上だけを撮影していたからだった。
泉澄が掃除機を止める。
「誰が障害物回避を“強力”に設定したの」
父、祖母、息子が同時に泉澄を指した。
泉澄は説明書を見た。
設定したのは、自動更新だった。
最後まで誰の責任にもできなかった家族は、家の霊だけを少し惜しんだ。