午後六時の評価表

神崎夏実の手元には、後輩の評価を一段下げるよう書かれた付箋があった。

ウェブサービスの運用チーム。後輩は毎日午後六時に退勤し、夜の雑談チャットにもほとんど現れない。部長はそれを〈当事者意識が弱い〉と評価した。

「リーダー候補は、時間外でも反応する人を選びたい。成果は悪くないけど、Bにして」

今日の面談資料を確定すれば、後輩の昇給額が決まる。本人は家族の通院付き添いで、勤務時間を一時間前倒ししていた。

夏実は業務記録を開いた。先月の障害二十四件のうち、後輩が再発防止まで終えたのは十一件で、チーム最多。夜に飛び交った質問の半分は、朝の手順書へすでに答えが書かれている。さらに今朝、後輩は公開前の画面で、退会者の個人情報が検索結果へ残る不具合を見つけていた。公開を三時間止めたため売上部門からは苦情が来たが、対象者二万人のデータは外へ出ずに済んだ。夜のチャットで目立つ「対応します」より、朝の一行で事故を止めた仕事のほうが、評価表には小さくしか載っていなかった。

「この不具合、誰が止めたか評価表に入っていません」

部長は肩をすくめた。

「見えない働き方を選んでいるのは本人でしょう。組織では、いることも能力だよ」

夏実は付箋を外した。評価をAへ戻し、成果欄に障害対応数、手順書更新数、公開前に防いだ事故を記載した。後輩の面談では、夜に返事をしないことを謝らせず、朝の引き継ぎ方法を次の目標にした。

「六時以降、急ぎなら電話ですか」と後輩が尋ねた。

「重大障害だけ。急ぎに見える雑談は、明日の仕事にしよう」

部長は、夏実自身の昇格条件として、夜間も反応するチーム文化を作るよう求めた。夏実は昇格通知を閉じ、代わりに新チームの運営案を開いた。連絡可能時間、緊急の定義、評価する成果を文章にした。

〈この条件であれば、マネージャー職を引き受けます〉

修正版の評価表と運営案を同時に送ると、午後六時になった。

夏実は後輩へ「続きは明日」と声をかけ、自分も端末を閉じた。