半分の城印
暁坂城の印は、昨夜から半分しかなかった。
黒水牛の角を彫った円印で、中央に「暁」の字がある。城代の志波修理亮は、縦に割った右半分を敵陣へ送った。左半分は自分の懐にある。二つが合えば、明朝の開門命令は本物となる。
包囲軍の大将・御影清十郎は、修理亮の異母弟だった。
夜半、二人は正門上の張り出しで会った。間には格子、下には空堀。清十郎は右半分を卓へ置いた。
「兄上が門を開ければ、城兵は召し抱える。民にも手を出さぬ」
「俺の首は」
「門柱へ掛ける」
「安いな」
「城一つよりは」
修理亮は左半分を出した。合わせれば円になる。だが印面の暁の字は、わずかに食い違っていた。
清十郎が気づく。
「削ったな」
「割れたときに欠けた」
「違う。兄上は印を渡す前、左半分の下を一厘削った」
一厘の段差は、暁坂家の古い合図だった。印が合わなければ命令は強制されたもの。城門番は開けてはならない。
清十郎も同じ家で育った。知らないはずがない。
「降伏するふりをして、何を待っている」
修理亮は答えず、印を押すための朱肉を開いた。中には血が混じっている。城主は昼に死に、最後に自分の指を切って朱肉へ落とした。
清十郎の視線が赤へ移る。
「殿は死んだか」
「昨日から城主は俺だ」
「なら、お前の命で開けられる」
「門番が俺を信じればな」
修理亮は二つの半印を合わせ、降伏状へ押した。紙には円ではなく、中央の欠けた暁が残った。偽命令の印だ。
清十郎は刀へ手を置いた。
「これを持ち帰れば、明朝までに偽りと分かる」
「明朝には正門を開ける」
「罠か」
「空城だ」
初めて清十郎の顔が動いた。城兵と民は、すでに南の松林へ並んでいる。交渉の一刻が、最後の列を動かすための時間だった。
「兄上は残るのか」
「城代が城より先に逃げれば、名が軽くなる」
「死ねば名だけだ」
「それで足りる夜もある」
清十郎は半印を拾い、格子から退いた。追撃を命じるかどうかは、弟の仕事だった。修理亮は頼まなかった。
城下で犬が一度吠え、南松林から返しの笛が鳴った。最後の民が着いた合図だ。
修理亮は左半分の印を火鉢へ投げた。角が焦げ、暁の字が黒く潰れる。
正門の守兵へ残留命令が下り、同時に暁坂城の南裏門が開いた。