卒業証書の前

 卒業式前日のリハーサルで、細川夕映は答辞の役を外された。

 印刷された原稿の最後に、学校を侮辱する三行が加えられていたからだ。

《教師は肩書だけ。友人は利用するもの。三年間、何も得なかった。》

 学年委員長の野路口良平が、職員室で深いため息をついた。

「細川さんは前からクラスに馴染めませんでした。最後に仕返ししたかったんだと思います」

 夕映の机だけ別の列へ動かされ、班の連絡から外されるたび、良平は「本人が一人を望んでいる」と教師へ説明していた。答辞に選ばれてからは、原稿を読む真似をして笑う動画まで回った。

 答辞の原稿には、本当は図書室で毎朝会った司書への感謝と、保健室から教室へ戻れない日に廊下で待ってくれた後輩のことが書かれていた。友人がいなかった三年間ではない。声を上げにくい人の小さな親切を、最後に学校へ残す文章だった。

 夕映は、書いていないと一度だけ言った。信じてもらえなければ、言葉を重ねるほど言い訳になる。

 式当日、壇上には良平が立つ予定になった。彼は「急な代役ですが」と謙虚な顔で答辞を読む練習をしていた。

 開式十分前、校長が全卒業生を着席させた。

「答辞について、訂正があります」

 スクリーンへ文書の編集履歴が映る。夕映が提出した原稿は、締切日の十七時に読み取り専用で保存されていた。問題の三行が加わったのは翌日の放課後。編集者欄には、野路口良平の生徒番号がある。

「共有端末だから、誰でも使えます」

 良平が立ち上がる。

 情報担当教師が、端末の顔認証記録と教室映像を出した。良平が夕映のファイルを開き、三行を入力している。隣では取り巻きがスマートフォンで撮影していた。

 さらに削除済みの学級チャットが復元された。

《これで答辞は良平に回る》

《最後まで空気読めない細川が悪い》

 校長は、良平の胸につけられた学年功労章を外した。

「野路口君の答辞代役と功労表彰は取り消します。継続的な排除行為も含め、卒業後であっても指導記録を関係機関へ提出します」

 体育館の壇上に、夕映の原稿が置き直された。

 司会の教師がマイクを持つ。

「卒業生答辞、細川夕映さん。壇上へ」