協力金の小数点
玩具メーカーの年末精算会議で、羽鳥井瑞希は成形部品会社の若手営業として、一千五百万円の「販売協力金」を差し引く合意書を前にしていた。元請けの鷺沼購買部長は、売上の五パーセントを販促支援として負担する慣行だと言った。
瑞希の会社の年間売上は三億円。五パーセントで一千五百万円になる。
合意書には自社社長の署名と丸印があり、「協力率5.0%」と記載されていた。
瑞希は前年の基本契約を開いた。協力率は〇・五パーセント。金額は百五十万円で、上限も同額だった。鷺沼は今年の改定会議で五パーセントへ合意したと説明した。
改定議事録を拡大すると、「0.5」の小数点部分だけ周囲より濃い灰色だった。元の点を白く塗り、右側へ新しい点を置いて「5.0」に見せている。社長の署名画像は本物だが、署名後に本文が変更され、電子証明は失効していた。
鷺沼は単なる表記整理だと言った。
「商品が売れたのは当社の販促のおかげだ」
瑞希は販促費の請求明細を求めた。出てきたのは、元請け社員の懇親会、役員用記念品、取引先ゴルフ会の費用だった。下請け部品の販売促進とは関係がない。
さらに合意書の「任意負担」という文言の横に、「不参加の場合は次年度発注停止」と手書きの注記があり、鷺沼の確認印が押されていた。
社長は九割を元請けに依存しており、百五十万円で妥協しようと瑞希へ囁いた。
瑞希は小数点の改変前データを投影した。
「任意なら、発注停止の注記はいりません。五パーセントなら、小数点を動かす必要もありません」
瑞希は過去三年の協力金も調べた。毎年〇・五パーセントだったのに、今年だけ五パーセントへ跳ね上がり、同じ日に他の下請け五社へも同じ合意書が送られていた。総額は一億円を超える。鷺沼の部門利益を埋めるため、六社の小数点が一斉に動かされていた。
玩具メーカーの取締役が相殺決裁書を閉じた。わずか一文字分の点が、一千三百五十万円を下請けから吸い上げるのを止めた。