友達だから住める部屋
紫野ヶ丘奏理が海外出張から戻ると、新居の玄関鍵が開かなかった。
三か月前に購入し、入居準備中だったマンション。インターホンを押すと、友人の稲荷森壮雅が部屋着で出てきた。
「空いてたから住んでた。友達なんだから、家賃くらいただでいいだろ」
奏理は合鍵を渡していない。壮雅は引っ越しを手伝った際、鍵番号を控え、管理会社へ奏理の婚約者だと名乗って追加キーを発行させていた。
室内には壮雅だけでなく、見知らぬ男女が四人いた。二つの寝室は短期宿泊サイトへ掲載され、一泊二万円で貸し出されている。壁には穴、床には煙草の焦げ跡、浴室からは階下へ水漏れが起きていた。
壮雅は平然と言った。
「管理してあげたんだから、家賃と相殺。宿泊収入は掃除代だよ。嫌なら一部屋、俺へ正式にちょうだい」
奏理は警察と管理会社へ連絡した。
スマートロックには追加キーの申請書、使用者、開閉記録が残っていた。壮雅は奏理の署名を偽造し、宿泊者ごとに暗証番号を発行している。防犯カメラには家具を運び込み、奏理の私物を倉庫へ捨てる姿まで映っていた。
マンション規約では短期転貸が禁止され、所有者本人にも是正義務がある。だが奏理は発覚当日に通報し、壮雅の無断占有だと確認された。管理組合は奏理への処分を見送り、壮雅と利用客の立入りを禁止した。
水漏れ修理、床と壁の交換、家具損失、無断宿泊収入、管理会社対応を合わせた損害は一千二百万円。宿泊サイトは売上を凍結し、宿泊者へ返金した。
壮雅は玄関で座り込んだ。
「ここを追い出されたら住む場所がない。友達なら、裁判が終わるまで置いてくれ」
「友達なら、留守の家をホテルにしないよ」
明渡しの仮処分が認められ、壮雅の荷物は指定倉庫へ移された。彼は売上、預金、車を賠償へ充て、残額を分割で払う。偽造書類についても捜査が進むことになった。
管理会社が鍵を総交換し、所有者認証を奏理一人へ戻した。
新しい玄関扉が開き、画面に〈入居者・紫野ヶ丘奏理/無断利用者なし〉と表示された瞬間、友達だから住めると言った男には、自分の家ではない部屋の修繕費と、戻れない住所だけが残った。