受容、六十二点

香椎温乃は、死を受け入れきれないまま最期の週を迎えた。

終末期病棟では、患者の「死の受容点」を毎日測った。八十を超えると穏やかな看取り段階へ入り、家族には別れを告げる許可が出る。それ以下では、希望を損なう言葉を避け、前向きな治療目標を話す決まりだった。

温乃の点数は六十二から上がらなかった。

娘の紅葉は、母を合格させようとした。感謝日記を読み、思い出の写真を並べ、人生に悔いがないか尋ねた。温乃が「まだ庭の桜を見たい」と言うと、「十分頑張ったよ」と言い換えさせた。

看護師も呼吸法を教えた。

「死は自然な移行だと想像してください」

温乃は目を閉じ、うなずいた。受容は七十一まで上がった。

紅葉は安心した。八十になれば、怖い話をせずに済む。きれいに感謝を伝え、母も笑って旅立てる。そういう最期を望んでいるのが自分なのだとは、考えなかった。

三日後、温乃はセンサーを指から外した。

「合格するの、やめる」

紅葉は慌てた。

「あと少しだよ。先生も、心が整えば苦しさが減るって」

「死にたくない心は、散らかってるの?」

温乃は息を整えながら言った。

「怖い。もっと生きたい。あなたの来年も見たい。そう思ったまま死んじゃだめ?」

紅葉は初めて、母の前で泣いた。これまで悲しみを見せれば受容点を下げると思い、廊下でだけ泣いていた。

「だめじゃない。私も、死んでほしくない」

二人はその夜、感謝ではなく不満を話した。温乃は夫の早死にを怒り、紅葉は母が勝手に服を捨てた昔のことを責めた。途中で笑い、また泣いた。来年の桜が見られないことを、見られないままにした。

看護師は規則に反して、家族を朝まで部屋に残した。

温乃は明け方に亡くなった。最後まで「怖い」と言い、そのたび紅葉は手を握った。最後の受容点は六十二だった。

葬儀後、紅葉の端末には悲嘆回復プログラムが届いた。毎週、喪失の受容を採点するという。

紅葉は登録せず、庭に母の好きだった桜を植えた。

咲くころに何点になるかは、誰にも測らせなかった。