名前のある土曜日

朝比奈凪緒のカフェには、毎週土曜、季節の花が一本届いた。

春は矢車菊、夏は向日葵、秋は秋明菊。花は窓際の欠けた青い花瓶にちょうど収まり、差出人の札だけがない。客の少ない土曜でも、そこだけは誰かを待つ席に見えた。

凪緒は最初の一本を見つけた日、閉店の相談書を鞄に入れていた。花のために決心を変えたわけではない。それでも空席へ水を置く手間を、あと一週だけ続けようと思えた。

候補は、向かいの花店を営む桐谷、毎週窓際で手紙を書く月岡、二年前に店を辞めた元同僚の羽柴。

包み紙は、このカフェの古いレシートだった。会計欄には、廃止されたスタッフ割引の番号「七」が残っている。茎はどれも、欠けた花瓶に合わせて十七センチ。さらに最近来る新規客は、決まって「土曜の窓がきれいな店だと聞いた」と話した。その言い回しは、羽柴が店の紹介文に使っていたものだった。

羽柴は、新メニューを巡って凪緒と口論し、そのまま辞めた。自分の案を凪緒が店長へ提出しなかったと思い込んでいた。だが後に、店長が二人の提案を読まず保留にしていたと知った。謝ろうとしても、今さら戻りたい口実に聞こえそうで連絡できなかった。

代わりに羽柴は匿名の小さな記事を書き、毎週一つ、この店の好きなところを紹介した。花店の桐谷へ代金を払い、記事を読んで来た客が一人でもいた週だけ、花を届けてもらった。花は人気のしるしであって、同情にしたくなかったという。

凪緒が花店で待っていると、羽柴は白いコスモスを手に現れた。

「閉店するって噂を聞いて。私が言う資格はないけど、なくなってほしくなかった」

凪緒は、閉店ではなく土曜営業の短縮を考えていたと話した。一人では仕込みが追いつかないからだ。

最後の花には、初めて名札がついていた。裏には〈土曜だけ、働かせてください〉とある。

翌週、羽柴はエプロンを着て窓際の花瓶を洗った。凪緒は二杯のコーヒーを淹れ、一杯を渡す。白い花の前で、二人同時に一口飲んだ。

「おかえり、羽柴さん」