名前のない救国勲章
飢饉を終わらせた穀物輸送計画の褒賞式で、宰務大臣グランツ・ボルンは白い救国勲章を受け取ろうとしていた。
「余剰のある西部から、飢えた東部へ。七日で全量を動かす計画は、私が一夜で立てました」
玉座の下で、下級算務官シルマ・エンダは帳簿を抱えていた。橋の耐荷重、荷馬車の車輪数、各村の残量を一つずつ計算し、輸送表を作ったのは彼女だ。グランツは成功が確定した日に表紙を差し替え、彼女を地下書庫へ異動させた。
「算務官は数字を写しただけです」
王は勲章を渡す前に、大臣へ一冊の台帳を示した。
「救国計画の原本であるな。後世のため、全頁の作成者が自分だと署名せよ」
「喜んで」
グランツは最後の頁へ大きく名を書き、国璽欄の隣へ自分の印を押した。
台帳の紙が、風もないのにめくれ始めた。
王国の配給台帳は、横領防止のため、筆圧と書き手を下の複写層へ永久保存する。大臣印は改竄不能の封印であると同時に、全複写層を公開する鍵だった。
第一頁から、淡い文字が浮かぶ。
――作表者、シルマ・エンダ。西部余剰、八千四百袋。
――橋梁負荷を再計算。荷車一台につき三袋減。
――第六村の乳児数を反映し、優先配給を変更。
七日間、百二十七頁。すべて彼女の名だった。
最後に、表紙を替えた日の複写が現れる。
――命令者、グランツ・ボルン。《算務官名を削除。原案者は大臣とする》
さらに、その命令書へ彼自身が添えた一文。
――褒賞式では原本への署名を求めること。署名後は部下が異議を申し立てられない。
自分で用意した署名式が、隠した複写層を王の前へ開いた。
グランツは勲章へ手を伸ばしたまま固まる。
「国家事業は大臣の名で動く。誰が計算したかなど些事です」
シルマは帳簿を開き、飢饉で亡くならずに済んだ人数の欄だけを王へ見せた。自分の苦労も恨みも語らない。その数字が、仕事の意味をすべて示していた。
王は白い勲章をシルマの机へ置き、近衛隊長に命じる。
隊長が金縁の逮捕命令を読み上げた。
「宰務大臣グランツ・ボルン。救国事業の功績詐称、公文書改竄、褒賞金詐取未遂により、罷免のうえ拘束する」