回答のない明日
父の作業机から、小さな返信機が見つかった。
質問を入力すると、未来の自分から短い答えが届く。
ただし返事を送った未来は、その瞬間に消える。
娘は半信半疑で尋ねた。
「明日の面接、受けるべき?」
画面に、
「受けた。採用された」
と表示された。
翌日、娘は安心して面接へ行き、本当に採用された。
次は、
「この人と付き合って大丈夫?」
「引っ越すべき?」
「仕事を辞めるべき?」
未来の自分は、結果を教えた。
娘は失敗を避け、順調な人生を選んだ。
しかし回答は少しずつ寂しくなった。
最初は詳しい文章だった。
「受けた。採用された。最初の上司は厳しいけれど、昼休みに屋上へ行くと友人ができる」
数年後には、
「受ける」
「やめる」
「行かない」
と短くなった。
返事を送れる未来が減っているのだと気づいた。
一つ質問するたび、その未来の自分は消える。
答えをもらった現在だけが残り、別の明日は声を失う。
それでも質問をやめられなかった。
父が病気になったとき、
「治療法はどれを選ぶ?」
と入力した。
返事は、
「もっと話して」
だった。
選択肢の答えではない。
娘は何度も聞き直した。
画面は同じ言葉を返し、そのたび未来が一つずつ消えた。
父へ返信機のことを話すと、父は驚かなかった。
自分が作った物ではなく、机にいつの間にかあったという。
「未来に聞くより、今の私に聞けばいい」
父は言った。
治療の希望。
怖いこと。
残したい物。
娘は、結果ばかり尋ね、本人の気持ちを聞いていなかった。
二人で治療を選んだ。
うまくいく保証はなかった。
父は一年後に亡くなった。
葬儀の夜、娘は返信機へ最後の質問を入力した。
「私は、この先幸せ?」
画面は長く明滅した。
返事は来ない。
聞きすぎて、答えられる未来を全部消したのだと思った。
娘は泣きながら機械を閉じた。
翌朝、返信機の画面に一文字だけ表示されていた。
「今」
未来からではない。
誰が送ったのか分からない。
娘はその日、会社を休んだ。
父の道具を片づけ、途中で手を止め、近所の店で昼食を食べた。
美味しいかどうか、将来役に立つか、何も尋ねなかった。
数年後、娘は大きな決断を前に返信機を開いた。
起動はする。
質問欄もある。
しかし文字を入力せず、父の写真の横へ戻した。
未来は、答えを得る場所ではなく、まだ答えのないまま進める場所だった。
返信機が沈黙している限り、消えていない明日がいくつもある。
娘はその不確かさを、初めて小さな希望として持てるようになった。