団長夫人にならない席

兵站監督マルタの席だけ、騎士団長の隣にあった。

夫人席ではない。補給報告を最も早く渡せる場所として、団長エーベルが置いた仕事机だ。

机の引き出しには、マルタの好きな塩味の堅焼き菓子が入っている。甘い菓子を食べると眠くなると一度言っただけなのに、補充を欠かしたことがない。

「今日もありますね」

エーベルは頷く。

彼は無口で冷徹だった。兵糧の横流しをした伯爵を即日拘束し、泣いて許しを乞う部下にも顔色を変えない。だがマルタが空腹のまま働くと頭痛を起こすことだけは知っている。

その日、騎士団創設祭の壇上に、豪華な椅子がもう一脚置かれていた。

司会者が宣言する。

「長年団長を支えたマルタ殿を、未来の団長夫人としてお迎えします!」

会場が沸く。

マルタは仕事机から立ち上がった。

「私は団長夫人になると返事をしていません」

司会者が笑顔を崩さない。

「皆がご存じの関係です。形式を整えるだけですよ」

「私は兵站監督でいたいんです。結婚しないとは言っていません。でも、仕事を辞めて夫人席へ座るのは嫌です」

貴族たちは、団長ほどの男に望まれて贅沢だと囁いた。

エーベルは壇上へ上がり、豪華な椅子を自分で下ろした。

「不要だ」

司会者が慌てる。

「では婚約だけでも発表を」

「しない」

「団長閣下は彼女を望んでおられないのですか」

エーベルはマルタへ視線を向けた。

「望んでいる」

短い一言に、会場が静まる。

「だが、役職は奪わない」

彼は自分の隣へ、いつもの仕事机を運ばせた。引き出しには堅焼き菓子が入ったままだ。

「今日はここへ座るか」

「はい。補給報告があります」

マルタが仕事机へ戻ると、エーベルは司会者の婚約台本を閉じた。

「記録せよ。マルタは兵站監督だ。夫人になるか、ならないか、なっても働き続けるかは本人が決める」

全騎士の前で、彼は隣の席を指した。

「私が特別に置くのは檻ではない。彼女が自分の仕事を続けるための席だ」