城塞になった人
中央塔の名盤が、最後の砲撃で真二つに割れた。
城塞の名が壊れれば、壁を結ぶ魔法も消える。すでに四方の塔は傾き、次の一撃で門も兵舎も地下室も別々の瓦礫になる。
守将レオザは割れた名盤の前へ膝をついた。
この城塞には、ただ一つだけ名を継ぐ儀式がある。生きた人間が自分の名を城へ与え、代わりに城塞の名を受け取る。以後、城への傷はその人の身体へ移り、人への声は壁から響く。
「やめてください」と書記ミュルが言った。「勝っても、あなたの身体は」
「身体一つで城が一つ残る」
レオザは掌を名盤の割れ目へ押し込んだ。
「私の名を与える。おまえの名、アムラントを受け取る」
石が指を噛み、血を吸った。
割れた盤面に《レオザ》の文字が浮かぶ。同時に彼の胸へ《アムラント》の古い文字が焼きついた。
敵の石弾が東塔へ命中した。
塔は崩れなかった。代わりにレオザの右肩が砕け、皮膚の下から石片がこぼれた。
二発目が城門を打つ。彼の肋骨が内側へ陥没し、口から砂が出る。
「まだ立っている」
声は中央塔の壁から響いた。ミュルの前にいる身体の唇は動いていない。
三発目。兵舎の屋根が揺れ、レオザの背中に瓦の形の傷が並ぶ。四発目。地下室へ亀裂が走り、彼の脚が膝から石になる。
敵は城が倒れないことに怯え、最後の巨弾を用意した。空を覆うほどの岩が、中央塔へ飛んでくる。
レオザ――いや、アムラントは両腕を広げた。
「受ける」
巨弾が塔へ激突した。
轟音の中で彼の身体が砕けた。肉ではなく、門の蝶番、階段の欠片、窓枠、古い釘が床へ散る。中央塔はわずかに揺れただけで立ち続けた。
城壁の仕掛けが一斉に動き、落石と火矢が敵陣を押し返す。包囲軍は夜のうちに退いた。
夜明け、兵たちは守将の遺体を探した。床には人の形の瓦礫しかない。
ミュルが割れ目の塞がった名盤へ触れる。
《最後の城塞レオザ》
「将軍」
呼ぶと、城全体が低く答えた。
「その名は、ここだ」
門が息をし、窓が目を開き、無数の階段が骨のように軋む。
ミュルは床に落ちた胸当てを拾った。内側の名札には《アムラント》と刻まれている。かつて人だったものの名だ。
その日から城塞はレオザと呼ばれた。
そして夜ごと、誰もいない中央塔で、アムラントという名の石の身体が、自分の中を歩く人々の足音を心臓代わりに聞いていた。